ネアンデルタール人の航海

 これは3月22日分の記事として掲載しておきます。取り上げるのがたいへん遅くなってしまいましたが、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)による航海の可能性を指摘した研究(Ferentinos et al., 2012)が公表されました。以前から読もうと思っていた研究なのですが、怠惰な性分なので後回しにしてしまい、先にホモ属の言語能力と航海能力についての報道を取り上げることになってしまいました(関連記事)。時機を逸した感はありますが、重要と思われる研究なので、取り上げることにします。

 この研究は、地中海の南部イオニア諸島の石器群から、人類の航海能力を論じています。南部イオニア諸島のレフカダ島(Lefkada)・ケファロニア島(Kefallinia)・ザキントス島(Zakynthos)において、合計15ヶ所の中部旧石器時代~中石器時代の開地遺跡が発見されています。このうち、レフカダ島の4遺跡・ケファロニア島の3遺跡・ザキントス島の3遺跡が中部旧石器と分類されています。これらは全て中部旧石器時代の開地遺跡で、典型的なムステリアン(Mousterian)とされています。

 ザキントス島のヴァシリコス半島(Vassilikos Peninsula)の中部旧石器は、110000~35000年前頃と推定されている、ギリシア本土のロダキ(Rodaki)と類似したムステリアンです。この頃のギリシア本土西部の遺跡はムステリアンに分類されており、その担い手はネアンデルタール人と考えられています。また、これら南部イオニア諸島やギリシア本土のムステリアンは、イタリアの110000~35000年前頃のムステリアンとの類似性が指摘されています。そのため、ザキントス島の中部旧石器の担い手もネアンデルタール人だろう、と本論文は推測しています。さらに本論文は、ケファロニア島における下部旧石器的な石器群の発見から、南部イオニア諸島における人類の痕跡が20万年前頃までさかのぼり、その担い手がネアンデルタール人よりも前にヨーロッパに存在した人類系統である可能性も示唆しています。

 重要なのは、後期第四紀においても南部イオニア諸島がギリシア本土(ヨーロッパ大陸)とは地続きではなかった、ということです。つまり、中部旧石器時代において、おそらくはギリシア本土から南部イオニア諸島に人類が渡海したことになります。本論文の見解が妥当で、南部イオニア諸島の中部旧石器の担い手がネアンデルタール人だとすると、ネアンデルタール人が渡海したことになります。この研究は、現生人類(Homo sapiens)だけではなく、ネアンデルタール人、さらにはそれ以外の人類も航海能力を有していたのではないか、と示唆しています。またこの研究は、ギリシア本土の海岸地形が人類の航海能力を発達させた可能性も指摘しています。上部旧石器時代以降も、イオニア諸島とギリシア本土との交流は続き、これはほぼ間違いなく現生人類が担い手と考えられています。

 本論文の刊行後に、現生人類が194000~177000年前頃にレヴァントにまで拡散していた可能性が指摘されました(関連記事)。この現生人類(である可能性の高そうな人類集団)の石器群にも中部旧石器的要素が見られるので、単純に年代だけからは、南部イオニア諸島の中部旧石器の担い手が現生人類である可能性も考えられます。ただ、ギリシア本土やイタリアの中部旧石器との類似性からは、ネアンデルタール人の所産である可能性が高そうです。そうだとすると、南部イオニア諸島の中部旧石器遺跡は、ネアンデルタール人の渡海の有力な証拠となりそうです。もちろん、渡海が航海を意味するとは限らないのですが、本論文は航海の可能性を指摘しています。また、本論文の提示した年代は、ヨーロッパにおける旧石器時代の年代の見直しが進行中(関連記事)であることを考えると、とくに中部旧石器の下限年代はさかのぼる可能性があると思います。

 上記の言語能力と航海能力に関する記事でも述べましたが、航海能力を有するのは現生人類だけとの見解が、今でも有力だと思います。その意味で、ネアンデルタール人が航海能力を有していたとなると、ネアンデルタール人と現生人類との類似性を強調する傾向(関連記事)の有力な証拠になりそうです。上記の言語能力と航海能力に関する記事で取り上げた、ホモ属において(広義の)エレクトス(Homo erectus)も航海能力を有していた、との見解が妥当だとすると、現生人類と何らかの違いはあったとしても、ネアンデルタール人が航海能力を有していたと考えるのが妥当でしょう。この問題については、今後の研究の進展が大いに注目されます。


参考文献:
Ferentinos G. et al.(2012): Early seafaring activity in the southern Ionian Islands, Mediterranean Sea. Journal of Archaeological Science, 39, 7, 2167-2176.
https://doi.org/10.1016/j.jas.2012.01.032

この記事へのコメント

メリー
2018年03月20日 16:56
ジブラルタル海峡でどういう行き来が有ったのかは本当に気になる所ですね。
2018年03月21日 08:56
更新世のジブラルタル海峡の横断は注目されますね。アフリカではネアンデルタール人遺骸が発見されていないので、ネアンデルタール人がジブラルタル海峡を渡った可能性は低そうですが。

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  • ネアンデルタール人による地中海航海

    Excerpt: ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)による地中海航海の可能性について報道されました。航海が可能だったのは現生人類(Homo sapiens)のみ、と長い間考えられてきました.. Weblog: 雑記帳 racked: 2018-04-28 10:40