現生人類とデニソワ人との複数回の交雑
これは3月20日分の記事として掲載しておきます。現生人類(Homo sapiens)と種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)との交雑に関する研究(Browning et al., 2018)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。デニソワ人については、昨年(2017年)、情報を一度整理してみました(関連記事)。現生人類とデニソワ人との交雑は今では広く認められており、現代人におけるデニソワ人の遺伝的影響は、オセアニア系、とくにパプア人でとくに高く、東アジア系では多少見られるものの、西ユーラシア系やアフリカ系ではほとんど見られません。
現生人類とデニソワ人との交雑については、1回説が有力だと思います(関連記事)。現代人の各地域集団間の比較から、オセアニア系現代人の祖先集団がデニソワ人と交雑し、その後にオセアニアから東アジア系現代人の祖先集団へと遺伝子流動があった、と考えられます。しかし本論文は、現代人におけるデニソワ人の遺伝的影響を改めて検証し、現生人類とデニソワ人との交雑は複数回あったのではないか、との見解を提示しています。
本論文は、古代型ホモ属の参照ゲノムを利用せずとも、現代人のゲノム配列の比較により、古代型ホモ属との交雑の痕跡と思われる領域を検出する方法が採用され、その後にデニソワ人やネアンデルタール人の参照ゲノムが利用されています。これは、ネアンデルタール人のゲノム解析結果が公表される前から用いられていた方法を発展させたもので、その方法を用いたある研究では、今ではほぼ通説となっているものの、当時はとても有力説とは言えなかった、現生人類とネアンデルタール人との交雑の可能性は高い、との見解が提示されていました(関連記事)。
本論文は、ユーラシアとオセアニアの現代人5639人のゲノム配列から、現生人類とデニソワ人およびネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)との交雑の回数や影響を検証しています。上述したように、現生人類とデニソワ人との交雑については1回説が有力だと思うのですが、本論文は、現生人類と複数のデニソワ人集団との交雑の可能性を提示しています。現時点では、高品質なゲノム配列が得られているデニソワ人は、南シベリアのアルタイ地域で発見された女性1個体のみです(関連記事)。
本論文は、現生人類と交雑したデニソワ人集団として、このアルタイ地域のデニソワ人とより近縁な集団と、より疎遠な集団とがあった、と推測しています。この記事では、デニソワ人をめぐる興味深い見解を提示した研究(関連記事)に倣って、アルタイ地域のデニソワ人とより近縁な集団を「北方デニソワ人集団」、より疎遠な集団を「南方デニソワ人集団」と仮に呼んでおきます。オセアニア系現代人や南アジア系現代人には、北方デニソワ人集団の遺伝的影響は認められませんでした。一方、東アジア系現代人には、北方デニソワ人集団と南方デニソワ人集団双方の遺伝的影響が認められ、前者がそのうち1/3を占める、と推定されています。
これらを整合的に解釈すると、オセアニア系現代人の祖先集団はユーラシア系現代人の祖先集団と分岐した後に南方デニソワ人集団と交雑し、東アジア系現代人の祖先集団は南アジア系現代人の祖先集団と分岐した後に北方デニソワ人集団と交雑し、年代は不明ながら、南アジア系現代人の祖先集団と同様に、オセアニア系現代人の祖先集団からの遺伝子流動があった、となりそうです。現生人類とデニソワ人との交雑の年代は54000~44000年前頃と推定されていますが(関連記事)、交雑の場所についてはまだ確定していません。
このように、現生人類とデニソワ人との複数回の交雑を想定する本論文ですが、現生人類とネアンデルタール人との交雑に関しては、複数回の痕跡を検出できなかった、と指摘しています。ヨーロッパ系現代人よりも東アジア系現代人の方が、ネアンデルタール人の遺伝的影響はわずかながら強いのですが、その理由としては、ヨーロッパ系現代人が、ネアンデルタール人との交雑の影響をほとんど受けていない「基底部ユーラシア人」系統の遺伝的影響を強く受けたためではないか、との見解も提示されています(関連記事)。また、デニソワ人やネアンデルタール人などの古代型ホモ属由来で正の選択を受けたと思われる遺伝子として、免疫関連のものが挙げられています。
本論文の見解が妥当だとすると、後期ホモ属の進化史(関連記事)はさらに複雑になっていきそうで、表面的な結論だけでも理解するのが困難になりそうです。現生人類とデニソワ人との交雑が複数回起きた可能性はすでに指摘されていたので(関連記事)、本論文の見解はさほど意外ではありませんでしたが、それでもたいへん意義深いと思います。すでに少し触れましたが、は、デニソワ人をめぐる興味深い見解を提示した研究では、デニソワ人は分類学的実態を有さない、との見解が提示されています(関連記事)。デニソワ人については今後の研究の進展が大いに期待されますが、やはり、その進化系統樹における位置づけの確定のためには、南シベリアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)以外でのデニソワ人の確認が必要となるでしょう。
参考文献:
Browning SR. et al.(2018): Analysis of Human Sequence Data Reveals Two Pulses of Archaic Denisovan Admixture. Cell, 173, 1, 53-61.e9.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2018.02.031
現生人類とデニソワ人との交雑については、1回説が有力だと思います(関連記事)。現代人の各地域集団間の比較から、オセアニア系現代人の祖先集団がデニソワ人と交雑し、その後にオセアニアから東アジア系現代人の祖先集団へと遺伝子流動があった、と考えられます。しかし本論文は、現代人におけるデニソワ人の遺伝的影響を改めて検証し、現生人類とデニソワ人との交雑は複数回あったのではないか、との見解を提示しています。
本論文は、古代型ホモ属の参照ゲノムを利用せずとも、現代人のゲノム配列の比較により、古代型ホモ属との交雑の痕跡と思われる領域を検出する方法が採用され、その後にデニソワ人やネアンデルタール人の参照ゲノムが利用されています。これは、ネアンデルタール人のゲノム解析結果が公表される前から用いられていた方法を発展させたもので、その方法を用いたある研究では、今ではほぼ通説となっているものの、当時はとても有力説とは言えなかった、現生人類とネアンデルタール人との交雑の可能性は高い、との見解が提示されていました(関連記事)。
本論文は、ユーラシアとオセアニアの現代人5639人のゲノム配列から、現生人類とデニソワ人およびネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)との交雑の回数や影響を検証しています。上述したように、現生人類とデニソワ人との交雑については1回説が有力だと思うのですが、本論文は、現生人類と複数のデニソワ人集団との交雑の可能性を提示しています。現時点では、高品質なゲノム配列が得られているデニソワ人は、南シベリアのアルタイ地域で発見された女性1個体のみです(関連記事)。
本論文は、現生人類と交雑したデニソワ人集団として、このアルタイ地域のデニソワ人とより近縁な集団と、より疎遠な集団とがあった、と推測しています。この記事では、デニソワ人をめぐる興味深い見解を提示した研究(関連記事)に倣って、アルタイ地域のデニソワ人とより近縁な集団を「北方デニソワ人集団」、より疎遠な集団を「南方デニソワ人集団」と仮に呼んでおきます。オセアニア系現代人や南アジア系現代人には、北方デニソワ人集団の遺伝的影響は認められませんでした。一方、東アジア系現代人には、北方デニソワ人集団と南方デニソワ人集団双方の遺伝的影響が認められ、前者がそのうち1/3を占める、と推定されています。
これらを整合的に解釈すると、オセアニア系現代人の祖先集団はユーラシア系現代人の祖先集団と分岐した後に南方デニソワ人集団と交雑し、東アジア系現代人の祖先集団は南アジア系現代人の祖先集団と分岐した後に北方デニソワ人集団と交雑し、年代は不明ながら、南アジア系現代人の祖先集団と同様に、オセアニア系現代人の祖先集団からの遺伝子流動があった、となりそうです。現生人類とデニソワ人との交雑の年代は54000~44000年前頃と推定されていますが(関連記事)、交雑の場所についてはまだ確定していません。
このように、現生人類とデニソワ人との複数回の交雑を想定する本論文ですが、現生人類とネアンデルタール人との交雑に関しては、複数回の痕跡を検出できなかった、と指摘しています。ヨーロッパ系現代人よりも東アジア系現代人の方が、ネアンデルタール人の遺伝的影響はわずかながら強いのですが、その理由としては、ヨーロッパ系現代人が、ネアンデルタール人との交雑の影響をほとんど受けていない「基底部ユーラシア人」系統の遺伝的影響を強く受けたためではないか、との見解も提示されています(関連記事)。また、デニソワ人やネアンデルタール人などの古代型ホモ属由来で正の選択を受けたと思われる遺伝子として、免疫関連のものが挙げられています。
本論文の見解が妥当だとすると、後期ホモ属の進化史(関連記事)はさらに複雑になっていきそうで、表面的な結論だけでも理解するのが困難になりそうです。現生人類とデニソワ人との交雑が複数回起きた可能性はすでに指摘されていたので(関連記事)、本論文の見解はさほど意外ではありませんでしたが、それでもたいへん意義深いと思います。すでに少し触れましたが、は、デニソワ人をめぐる興味深い見解を提示した研究では、デニソワ人は分類学的実態を有さない、との見解が提示されています(関連記事)。デニソワ人については今後の研究の進展が大いに期待されますが、やはり、その進化系統樹における位置づけの確定のためには、南シベリアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)以外でのデニソワ人の確認が必要となるでしょう。
参考文献:
Browning SR. et al.(2018): Analysis of Human Sequence Data Reveals Two Pulses of Archaic Denisovan Admixture. Cell, 173, 1, 53-61.e9.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2018.02.031
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