中世初期のバイエルンに見られる移住の性差
これは3月20日分の記事として掲載しておきます。中世初期のバイエルンに見られる移住の性差に関する研究(Veeramah et al., 2018)が報道されました。ローマ帝国西方の衰退・崩壊の頃から始まる、いわゆる民族大移動の期間の6世紀中頃には、現在のバイエルンにバヨヴァリー(Baiuvarii)族と呼ばれる集団が存在していた、と文献記録に見えます。バヨヴァリー族はローマ帝国辺境の住民とドナウ川北部の住民との混合により形成された、と考えられています。
バヨヴァリー族の人類遺骸のなかには、人工的に変形された細長い頭蓋骨が見られます。この人工的な頭蓋骨変形には、幼児期からの頭蓋骨へ圧力をかけ続けることが必要です。こうした頭蓋骨変形はヨーロッパに限らず広範な地域で見られますが、ヨーロッパの古代末期~中世初期にかけては、アジアから侵出してきたとされるフン族で見られます。ただ、頭蓋骨変形は、すでにルーマニアで紀元後2世紀のものが発見されています。
頭蓋骨変形には地域差があり、東ヨーロッパでは50~80%と高頻度なのにたいして、西ヨーロッパでは5%と低頻度です。また、頭蓋骨変形は東ヨーロッパでは性別年齢を問わず見られるのにたいして、西ヨーロッパではおもに成人女性で見られます。これは東ヨーロッパ、さらにはアジアからの西ヨーロッパへの女性の移住とも、西ヨーロッパでは頭蓋骨変形の女性とそうではない女性との間に埋葬で明確な違いが見られないので、東方からの文化伝播とも考えられてきました。本論文は、この問題の検証のため、紀元後500年頃のバイエルンの6ヶ所の墓地の36人の成人(男性10人と女性26人)のゲノムを解析し、さらに、紀元前5世紀~紀元後6世紀に及ぶ、ドイツやロシアやウクライナの5人のゲノムを比較対象として解析しました。
その結果、紀元後500年頃のバイエルンの人類集団において、男性は北および中央ヨーロッパの現代人と類似しているのにたいして、女性の方はずっと多様である、と明らかになりました。男性よりも遺伝的に多様な女性の間では、頭蓋骨変形の有無により違いが見られました。頭蓋骨変形のない女性13人が、北および中央ヨーロッパの現代人と類似していた一方で、頭蓋骨変形の女性は遺伝的により多様でした。その大半は東南ヨーロッパの現代人と遺伝的に類似していましたが、東アジアの現代人の祖先集団との類似性を示す女性も1人確認されました。頭蓋骨変形の程度が中間的な女性のうち、4人は北および中央ヨーロッパの現代人と、1人は東南ヨーロッパの現代人と類似していました。バイエルン以外の頭蓋骨変形個体では、ウクライナの個体は南ヨーロッパ系の遺伝的影響を受けつつも、トルコの現代人と類似していました。
表現型と関連する遺伝子座も解析され、頭蓋骨変形がないか程度が中間的な女性の大半は目が青く金髪でしたが、頭蓋骨変形の女性の大半は目が茶色で茶髪もしくは金髪でした。頭蓋骨変形の有無は、外見の違いとも関連していたようです。また、比較的最近出現したと考えられてきた多くの疾患危険性アレル(対立遺伝子)が、すでに紀元後500年頃までには北および中央ヨーロッパにおいて確立していたことも明らかになりました。
以前の同位体分析などと本論文で得られた知見を総合すると、中世初期のバイエルンには外部からの大規模な移住はなく、おそらくは婚姻のため東方から女性が移住してきたようです。上記報道ではこれが戦略的同盟の結果と解釈されていますが、暴力的なものも含まれていた可能性も否定できないでしょう。後期新石器時代~初期青銅器時代の中央ヨーロッパにおいては、成人女性が外部から来て地元出身の男性と結婚し、地元の女性は他地域に行って配偶者を得たのではないか、との見解が提示されています(関連記事)。このような配偶形態は、現生人類(Homo sapiens)に限らず人類史において普遍的に見られ、元々人類社会は父系的な構造を有しており、現生人類かその祖先系統において、現代社会のような多様な構造へと移行したのではないか、と思います(関連記事)。
参考文献:
Veeramah KR. et al.(2018): Population genomic analysis of elongated skulls reveals extensive female-biased immigration in Early Medieval Bavaria. PNAS, 115, 13, 3494–3499.
https://doi.org/10.1073/pnas.1719880115
バヨヴァリー族の人類遺骸のなかには、人工的に変形された細長い頭蓋骨が見られます。この人工的な頭蓋骨変形には、幼児期からの頭蓋骨へ圧力をかけ続けることが必要です。こうした頭蓋骨変形はヨーロッパに限らず広範な地域で見られますが、ヨーロッパの古代末期~中世初期にかけては、アジアから侵出してきたとされるフン族で見られます。ただ、頭蓋骨変形は、すでにルーマニアで紀元後2世紀のものが発見されています。
頭蓋骨変形には地域差があり、東ヨーロッパでは50~80%と高頻度なのにたいして、西ヨーロッパでは5%と低頻度です。また、頭蓋骨変形は東ヨーロッパでは性別年齢を問わず見られるのにたいして、西ヨーロッパではおもに成人女性で見られます。これは東ヨーロッパ、さらにはアジアからの西ヨーロッパへの女性の移住とも、西ヨーロッパでは頭蓋骨変形の女性とそうではない女性との間に埋葬で明確な違いが見られないので、東方からの文化伝播とも考えられてきました。本論文は、この問題の検証のため、紀元後500年頃のバイエルンの6ヶ所の墓地の36人の成人(男性10人と女性26人)のゲノムを解析し、さらに、紀元前5世紀~紀元後6世紀に及ぶ、ドイツやロシアやウクライナの5人のゲノムを比較対象として解析しました。
その結果、紀元後500年頃のバイエルンの人類集団において、男性は北および中央ヨーロッパの現代人と類似しているのにたいして、女性の方はずっと多様である、と明らかになりました。男性よりも遺伝的に多様な女性の間では、頭蓋骨変形の有無により違いが見られました。頭蓋骨変形のない女性13人が、北および中央ヨーロッパの現代人と類似していた一方で、頭蓋骨変形の女性は遺伝的により多様でした。その大半は東南ヨーロッパの現代人と遺伝的に類似していましたが、東アジアの現代人の祖先集団との類似性を示す女性も1人確認されました。頭蓋骨変形の程度が中間的な女性のうち、4人は北および中央ヨーロッパの現代人と、1人は東南ヨーロッパの現代人と類似していました。バイエルン以外の頭蓋骨変形個体では、ウクライナの個体は南ヨーロッパ系の遺伝的影響を受けつつも、トルコの現代人と類似していました。
表現型と関連する遺伝子座も解析され、頭蓋骨変形がないか程度が中間的な女性の大半は目が青く金髪でしたが、頭蓋骨変形の女性の大半は目が茶色で茶髪もしくは金髪でした。頭蓋骨変形の有無は、外見の違いとも関連していたようです。また、比較的最近出現したと考えられてきた多くの疾患危険性アレル(対立遺伝子)が、すでに紀元後500年頃までには北および中央ヨーロッパにおいて確立していたことも明らかになりました。
以前の同位体分析などと本論文で得られた知見を総合すると、中世初期のバイエルンには外部からの大規模な移住はなく、おそらくは婚姻のため東方から女性が移住してきたようです。上記報道ではこれが戦略的同盟の結果と解釈されていますが、暴力的なものも含まれていた可能性も否定できないでしょう。後期新石器時代~初期青銅器時代の中央ヨーロッパにおいては、成人女性が外部から来て地元出身の男性と結婚し、地元の女性は他地域に行って配偶者を得たのではないか、との見解が提示されています(関連記事)。このような配偶形態は、現生人類(Homo sapiens)に限らず人類史において普遍的に見られ、元々人類社会は父系的な構造を有しており、現生人類かその祖先系統において、現代社会のような多様な構造へと移行したのではないか、と思います(関連記事)。
参考文献:
Veeramah KR. et al.(2018): Population genomic analysis of elongated skulls reveals extensive female-biased immigration in Early Medieval Bavaria. PNAS, 115, 13, 3494–3499.
https://doi.org/10.1073/pnas.1719880115
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