性回路を形成する社会行動

 これは3月2日分の記事として掲載しておきます。性的行動にたいする社会経験の影響を検証した研究(Remedios et al., 2017)が公表されました。研究室での動物の実験的学習行動のほとんどでは、成績向上に訓練を必要とし、動物が課題を習得するにつれて神経回路と神経集団が変化します。一方、全ての動物には一連の生得的行動が備わっており、こうした行動は訓練なしに実行可能ですが、その回路が経験に影響されるか否かは、明らかになっていませんでした。

 この研究は、生得的な社会行動の基盤となるマウス視床下部内の神経表現が、社会的経験によって成形されていることを報告しています。腹内側視床下部の腹外側亜区画(VMHvl)にあるエストロゲン受容体1を発現する(Esr1+)ニューロンは、齧歯類で交尾と闘争を制御しています。この研究は、顕微内視鏡を用いて、これらの社会行動を実行中の雄マウスのVMHvlにおいて、Esr1+ニューロンの活動を画像化しました。

 その結果、性的および社会的経験のある成体の雄では、同種の雄と対した時と雌と対した時に、別個の特徴的な神経集団が活性化しました。しかし、未経験の成体の雄では、雄と雌の侵入者によって活性化する神経集団はオーバーラップしていました。性特異的な神経集団は、マウスが社会的・性的経験を経るにつれ徐々に分離しました。対面はしてもマウンティングや攻撃ができないようにしたマウスでは、神経集団の分離が起きませんでした。しかし、雌との30分間の性的接触だけで、雄・雌の神経集団の分離が進み、24時間後には攻撃応答を起こすようになりました。

 これらの観察から、生得的社会行動を制御する視床下部神経集団の形成に、予想外な社会経験依存的な成分がある、と明らかになりました。より一般的には、今回の結果から、じゅうらいは「固定配線」の系と見なされてきた進化的に古い深部皮質下構造に、可塑性と動的符号化があることが明らかになりました。生得的行動が必ずしも「固定配線」系として機能しているわけではない、というわけです。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


神経科学:社会行動が同種の性に対応して神経集団表現を形成する

神経科学:性回路を形作る社会行動

 研究室での動物の実験的学習行動のほとんどでは、成績向上に訓練を必要とし、動物が課題を習得するにつれて神経回路と神経集団が変化する。しかし、訓練なしに実行可能な本能行動の回路が経験に影響されるか否かは分かっていなかった。今回D Andersonたちは、相手の雌雄を表現するマウス視床下部の神経集団が、社会的経験の増加に伴って変化することを報告している。飼育ケージに同種の雄または雌を侵入者として入れた場合、経験のない動物では雌雄の神経表現がオーバーラップしているが、マウスの社会的・性的経験が増えるにつれて、性特異的な細胞集団が現れてくる。著者たちは、生得的行動が必ずしも「固定配線」系として機能しているわけではないと結論付けている。



参考文献:
Remedios R. et al.(2017): Social behaviour shapes hypothalamic neural ensemble representations of conspecific sex. Nature, 550, 7676, 388–392.
http://dx.doi.org/10.1038/nature23885

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック