イタリアで発見された中期更新世後期の木製道具
これは2月8日分の記事として掲載しておきます。中央イタリアのトスカーナ州グロッセート市のポゲッチヴェッチ(Poggetti Vecchi)で発見された木製道具に関する研究(Aranguren et al., 2018)が報道されました。『サイエンス』のサイトには解説記事が掲載されています。この研究はオンライン版での先行公開となります。ポゲッチヴェッチでは、温水プールの建設工事中の2012年に、58本の木製棒・約200点の石器・おもに絶滅した象(Palaeoloxodon antiquus)から構成されている動物化石群が発見されました。年代は、中期更新世後期となる171000年前頃と推定されており、海洋酸素同位体ステージ(MIS)6初期となります。
材木は分解されやすいので、更新世の木製道具の発見はきわめて稀です。その意味で、17万年前頃となるポゲッチヴェッチ遺跡で発見された58本の木製棒はたいへん貴重な事例だと言えるでしょう。これらの木製棒は、ほとんどがセイヨウツゲ(Buxus sempervirens)から製作されています(オーク・トネリコ・セイヨウネズ製のものもあります)。セイヨウツゲはヨーロッパで最も重くて堅い木材で、木製道具の材料として適しています。これらの木製棒は長さが1mを超えており、一端が丸みを帯びてハンドル状になっており、もう一端は尖っていました。この研究は、これらの木製棒が狩猟採集民社会で一般的に用いられている「掘棒」だと推測しています。掘棒は多目的道具で、土を掘って植物を集めたり、小さな獲物を狩ったりするのに用いられており、現在でも南アフリカやオーストラリアの狩猟採集民集団では使われています。
これらの木製棒には直線状の細い溝があり、石器で加工されたと考えられます。注目されるのは、いくつかの木製棒には焦げた痕跡があることです。木製棒と共伴した石器や動物化石には燃焼の痕跡がなかったことから、木製棒は意図的に火で処理された、と考えられています。これは、道具製作に火を用いた証拠として最古の事例となりそうです。この研究は、火を使用して樹皮を剥ぎ取り、道具製作の労力を軽減したのではないか、と推測しています。木製道具として適切な材木を選択し、火を制御して使用して道具製作の労力を軽減したと考えられることから、これらの木製棒を製作した人類集団の認知能力はかなり高かったと考えられます。
では、この木製棒の製作者はどの人類系統なのか、という問題なのですが、この研究は、当時のヨーロッパにおける人類分布から推測して、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)である可能性が高い、との見解を提示しています。そうだとすると、適切な材料の選択と効果的な火の使用から、ネアンデルタール人と現生人類(Homo sapiens)の(少なくともある側面での)認知能力の類似性の証拠になりそうです。これまで、ネアンデルタール人が火を制御して使用した最古の証拠は13万年前頃とされていましたが、それがさかのぼることになります。
もっとも、これはさほど意外ではないと思います。おそらく、現生人類とネアンデルタール人の最終共通祖先は、ある程度は火を制御して使っていたと思われます(関連記事)。ただ、人類化石が共伴していないので、これらの木製棒の製作者がネアンデルタール人だと確定したわけではない、との慎重な見解も見られます。たとえば、現生人類はすでに18万年前頃にレヴァントにまで拡散していた可能性がある、というわけです(関連記事)。今後は、人類化石が共伴した類例の発見が期待されます。
参考文献:
Aranguren B. et al.(2018): Wooden tools and fire technology in the early Neanderthal site of Poggetti Vecchi (Italy). PNAS, 115, 9, 2054–2059.
https://doi.org/10.1073/pnas.1716068115
材木は分解されやすいので、更新世の木製道具の発見はきわめて稀です。その意味で、17万年前頃となるポゲッチヴェッチ遺跡で発見された58本の木製棒はたいへん貴重な事例だと言えるでしょう。これらの木製棒は、ほとんどがセイヨウツゲ(Buxus sempervirens)から製作されています(オーク・トネリコ・セイヨウネズ製のものもあります)。セイヨウツゲはヨーロッパで最も重くて堅い木材で、木製道具の材料として適しています。これらの木製棒は長さが1mを超えており、一端が丸みを帯びてハンドル状になっており、もう一端は尖っていました。この研究は、これらの木製棒が狩猟採集民社会で一般的に用いられている「掘棒」だと推測しています。掘棒は多目的道具で、土を掘って植物を集めたり、小さな獲物を狩ったりするのに用いられており、現在でも南アフリカやオーストラリアの狩猟採集民集団では使われています。
これらの木製棒には直線状の細い溝があり、石器で加工されたと考えられます。注目されるのは、いくつかの木製棒には焦げた痕跡があることです。木製棒と共伴した石器や動物化石には燃焼の痕跡がなかったことから、木製棒は意図的に火で処理された、と考えられています。これは、道具製作に火を用いた証拠として最古の事例となりそうです。この研究は、火を使用して樹皮を剥ぎ取り、道具製作の労力を軽減したのではないか、と推測しています。木製道具として適切な材木を選択し、火を制御して使用して道具製作の労力を軽減したと考えられることから、これらの木製棒を製作した人類集団の認知能力はかなり高かったと考えられます。
では、この木製棒の製作者はどの人類系統なのか、という問題なのですが、この研究は、当時のヨーロッパにおける人類分布から推測して、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)である可能性が高い、との見解を提示しています。そうだとすると、適切な材料の選択と効果的な火の使用から、ネアンデルタール人と現生人類(Homo sapiens)の(少なくともある側面での)認知能力の類似性の証拠になりそうです。これまで、ネアンデルタール人が火を制御して使用した最古の証拠は13万年前頃とされていましたが、それがさかのぼることになります。
もっとも、これはさほど意外ではないと思います。おそらく、現生人類とネアンデルタール人の最終共通祖先は、ある程度は火を制御して使っていたと思われます(関連記事)。ただ、人類化石が共伴していないので、これらの木製棒の製作者がネアンデルタール人だと確定したわけではない、との慎重な見解も見られます。たとえば、現生人類はすでに18万年前頃にレヴァントにまで拡散していた可能性がある、というわけです(関連記事)。今後は、人類化石が共伴した類例の発見が期待されます。
参考文献:
Aranguren B. et al.(2018): Wooden tools and fire technology in the early Neanderthal site of Poggetti Vecchi (Italy). PNAS, 115, 9, 2054–2059.
https://doi.org/10.1073/pnas.1716068115
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