カリブ海地域の人類集団における遺伝的連続性
これは2月23日分の記事として掲載しておきます。カリブ海地域の人類集団における遺伝的連続性についての研究(Schroeder et al., 2018)が報道されました。『サイエンス』のサイトには解説記事が掲載されています。この研究はオンライン版での先行公開となります。カリブ海地域は、アメリカ大陸のなかでも人類の拡散が遅かった地域の一つです。カリブ海地域の先住民であるタイノ人(Taino)は、先コロンブス期末期には大アンティル諸島および北部小アンティル諸島に居住しており、バハマではルーカヤン人(Lucayan)として知られています。これまでの言語学・考古学・遺伝学などの研究から、タイノ人の祖先は南アメリカ大陸から2500年前(放射性炭素年代測定法による較正年代)にカリブ海地域に拡散したものの、バハマへの居住はその1000年後のことだった、と考えられています。
現代人のDNA解析では、カリブ海地域集団の南アメリカ大陸起源が示唆されていますが、現代のカリブ海地域集団にはヨーロッパ系およびアフリカ系の遺伝的影響が大きいことと、奴隷制などに起因する後の移住の結果によるものかもしれないので、古代DNAの解析が必要となります。しかし、カリブ海地域の気候は高温湿潤なので古代DNA研究に適しておらず、研究は制約されてきました。この研究は、バハマのエルーセラ(Eleuthera)島の伝道師洞窟(Preacher’s Cave)遺跡で発見された、1082±29年前(放射性炭素年代測定法による較正年代)の女性人類遺骸のDNA解析に成功しました。これは、熱帯地域での古代DNA研究を前進させるものとして、大きな意義があると思います。
この古代タイノ人女性のミトコンドリアDNA(mtDNA)解析の結果、そのハプログループは、アメリカ大陸先住民集団で広く見られるものの、現代のカリブ海地域では稀なB2に分類されました。本論文は、B2はカリブ海地域では先コロンブス期から稀だったかもしれないと推測しつつ、16世紀以降のアメリカ大陸における人口構成の激変で減少した可能性も提示しています。15世紀末以降にヨーロッパ勢力がアメリカ大陸を植民化した結果、アメリカ大陸先住民集団のmtDNA系統の多くが失われたのではないか、と推測されています(関連記事)。
古代タイノ人女性のゲノム配列の網羅率は12.4倍となります。このゲノム配列と現代のアメリカ大陸先住民集団も含む既知のゲノム配列との比較から、さまざまなことが明らかになりました。古代タイノ人はアメリカ大陸先住民集団のなかで、南アメリカ大陸北部のアラワク(Arawakan)語族集団と最も密接に関連していました。これは、南アメリカ大陸北部からカリブ海地域へと人類の移住があったことを示唆していますが、ユカタン半島もしくはフロリダ経由など、他の経路からカリブ海地域への流入もまだ否定できず、さらに多くのテータを収集する必要がある、と指摘されています。
現代プエルトリコ人のゲノムの10~15%はアメリカ大陸先住民集団に由来すると推測されていますが、それがどの集団からなのかは不明でした。古代タイノ人のゲノム解析により、現代プエルトリコ人のゲノムに見られるアメリカ大陸先住民集団由来の領域は、タイノ人女性と密接に関連しており、16世紀以降のアメリカ大陸における人口構造の大規模な破壊にも関わらず、カリブ海地域における遺伝的連続性が示されます。本論文は、これまでにも歴史学や考古学で批判されてきた、タイノ人は子孫を残さずに絶滅したという通俗的見解を、改めて否定しています。
古代タイノ人のホモ接合性領域からは、直近の孤立や近親交配の痕跡は確認されませんでした。そのため、古代タイノ人集団は比較的大きな有効人口規模を有していた、と推測されています。これは考古学的証拠とも整合的です。先コロンブス期のカリブ海地域では、陶器などの遺物から島々の間で頻繁に交易が行なわれていたと明らかになっており、高頻度の交流が想定されています。古代タイノ人は、エルーセラ島に限らず広範にカリブ海地域の島々に拡散し、比較的大規模な有効人口規模を維持していた、と考えられます。
アマゾン地域のアメリカ大陸先住民集団にオーストラレシア人の遺伝的影響を指摘する見解も提示されていますが(関連記事)、それは古代タイノ人女性では確認されず、タイノ人系統ではそうした遺伝的影響は喪失したか、タイノ人系統とアマゾン地域のアメリカ大陸先住民系統とが分岐した3000年前頃以降に、後者が(直接的か間接的かは不明ながら)オーストラレシア人の遺伝的影響を受けた可能性が考えられます。アマゾン地域のアメリカ大陸先住民集団におけるオーストラレシア人の遺伝的影響については謎が多く、古代DNAの解析数の増加が、研究の進展には必要となるでしょう。
参考文献:
Schroeder H. et al.(2018): Origins and genetic legacies of the Caribbean Taino. PNAS, 115, 10, 2341–2346.
https://doi.org/10.1073/pnas.1716839115
現代人のDNA解析では、カリブ海地域集団の南アメリカ大陸起源が示唆されていますが、現代のカリブ海地域集団にはヨーロッパ系およびアフリカ系の遺伝的影響が大きいことと、奴隷制などに起因する後の移住の結果によるものかもしれないので、古代DNAの解析が必要となります。しかし、カリブ海地域の気候は高温湿潤なので古代DNA研究に適しておらず、研究は制約されてきました。この研究は、バハマのエルーセラ(Eleuthera)島の伝道師洞窟(Preacher’s Cave)遺跡で発見された、1082±29年前(放射性炭素年代測定法による較正年代)の女性人類遺骸のDNA解析に成功しました。これは、熱帯地域での古代DNA研究を前進させるものとして、大きな意義があると思います。
この古代タイノ人女性のミトコンドリアDNA(mtDNA)解析の結果、そのハプログループは、アメリカ大陸先住民集団で広く見られるものの、現代のカリブ海地域では稀なB2に分類されました。本論文は、B2はカリブ海地域では先コロンブス期から稀だったかもしれないと推測しつつ、16世紀以降のアメリカ大陸における人口構成の激変で減少した可能性も提示しています。15世紀末以降にヨーロッパ勢力がアメリカ大陸を植民化した結果、アメリカ大陸先住民集団のmtDNA系統の多くが失われたのではないか、と推測されています(関連記事)。
古代タイノ人女性のゲノム配列の網羅率は12.4倍となります。このゲノム配列と現代のアメリカ大陸先住民集団も含む既知のゲノム配列との比較から、さまざまなことが明らかになりました。古代タイノ人はアメリカ大陸先住民集団のなかで、南アメリカ大陸北部のアラワク(Arawakan)語族集団と最も密接に関連していました。これは、南アメリカ大陸北部からカリブ海地域へと人類の移住があったことを示唆していますが、ユカタン半島もしくはフロリダ経由など、他の経路からカリブ海地域への流入もまだ否定できず、さらに多くのテータを収集する必要がある、と指摘されています。
現代プエルトリコ人のゲノムの10~15%はアメリカ大陸先住民集団に由来すると推測されていますが、それがどの集団からなのかは不明でした。古代タイノ人のゲノム解析により、現代プエルトリコ人のゲノムに見られるアメリカ大陸先住民集団由来の領域は、タイノ人女性と密接に関連しており、16世紀以降のアメリカ大陸における人口構造の大規模な破壊にも関わらず、カリブ海地域における遺伝的連続性が示されます。本論文は、これまでにも歴史学や考古学で批判されてきた、タイノ人は子孫を残さずに絶滅したという通俗的見解を、改めて否定しています。
古代タイノ人のホモ接合性領域からは、直近の孤立や近親交配の痕跡は確認されませんでした。そのため、古代タイノ人集団は比較的大きな有効人口規模を有していた、と推測されています。これは考古学的証拠とも整合的です。先コロンブス期のカリブ海地域では、陶器などの遺物から島々の間で頻繁に交易が行なわれていたと明らかになっており、高頻度の交流が想定されています。古代タイノ人は、エルーセラ島に限らず広範にカリブ海地域の島々に拡散し、比較的大規模な有効人口規模を維持していた、と考えられます。
アマゾン地域のアメリカ大陸先住民集団にオーストラレシア人の遺伝的影響を指摘する見解も提示されていますが(関連記事)、それは古代タイノ人女性では確認されず、タイノ人系統ではそうした遺伝的影響は喪失したか、タイノ人系統とアマゾン地域のアメリカ大陸先住民系統とが分岐した3000年前頃以降に、後者が(直接的か間接的かは不明ながら)オーストラレシア人の遺伝的影響を受けた可能性が考えられます。アマゾン地域のアメリカ大陸先住民集団におけるオーストラレシア人の遺伝的影響については謎が多く、古代DNAの解析数の増加が、研究の進展には必要となるでしょう。
参考文献:
Schroeder H. et al.(2018): Origins and genetic legacies of the Caribbean Taino. PNAS, 115, 10, 2341–2346.
https://doi.org/10.1073/pnas.1716839115
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