Alistair Horne『ナポレオン時代 英雄は何を遺したか』

 これは2月11日分の記事として掲載しておきます。アリステア=ホーン(Alistair Horne)著、大久保庸子訳で、中公新書の一冊として、中央公論新社から2017年12月に刊行されました。原書の刊行は2004年です。ナポレオンの伝記を読んだのは10代の頃で、それ以降はフランス史も含めて近代ヨーロッパ史の一般向け書籍くらいでしかナポレオンについての知見を得ていなかったので、ナポレオンに関する自分の情報を更新するために、読むことにしました。

 ただ、本書はナポレオンの伝記というよりは、ナポレオン時代のパリの様相を中心に、フランス、さらにはヨーロッパにおけるナポレオンの評価・影響を論じた評論といった感じで、ナポレオンに関する基礎知識を得るのには適していません。ある程度はナポレオンやフランス革命期~帝政期にかけて知っている読者向けとなっています。その意味で、もう一度ナポレオンの伝記を再読してから本書を読むべきだったかもしれませんが、ナポレオンの生涯についてそれなりに記憶に残っていたので、大きく戸惑うことはありませんでした。

 解題ではナポレオンについて、「フランス革命の混乱を終息させ、かつ、革命の成果を取り入れつつ近代社会の基盤を築いた」と評価されていますが、的確だと思います。とくに高く評価されているのは、ナポレオン法典とも呼ばれる民法典の制定です。本書を読むと、ナポレオンは実利志向なところが多分にあり、それは対カトリックにおいて顕著でしたが、ナポレオン自身は独裁的で身勝手な人物だったとはいえ、結果的に旧体制とフランス革命的な潮流とを融合させたと言えるのかな、とも思います。

 ナポレオン自身は明らかにフランス革命の潮流から台頭してきた傑物でしたが、パリの上流階層出身ではなく、フランスでは辺境の地となるコルシカ島(ナポレオン誕生の数ヶ月前にフランス領になりました)出身でした。本書は、ナポレオンがフランス革命のなかで初めて台頭し得た人物(旧体制では出世はできなかったでしょう)ではあったものの、とくに女性観において、コルシカ島の価値観に深く染まっており、男女平等を志向する近代化とは反していたところが多分にあったことを指摘しています。

 このように、ナポレオンは単にフランス革命の潮流を象徴する人物とは言えず、複雑な個性が窺われます。しかし、改題でも指摘されているように、ナポレオンがヨーロッパにおける近代化の進展を促進していったことは間違いありません。その意味で、ナポレオンはやはりフランス革命の申し子とも言えるでしょう。改題では、近代化による国民意識の醸成・士気の高さなどが、フランス革命期~ナポレオン時代初期のフランスの軍事的優位の基盤になっていったものの、ナポレオンがヨーロッパにおいて軍事遠征を繰り返し、ヨーロッパ諸国に近代的要素が拡散していくとともに、フランスの軍事的優位の基盤は失われていった、と指摘されています。

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