Adam Rutherford『ゲノムが語る人類全史』

 これは1月7日分の記事として掲載しておきます。アダム=ラザフォード(Adam Rutherford)著、渡会圭子訳、垂水雄二解説で、文藝春秋社より2017年12月に刊行されました。原書の刊行は2016年です。本書は人類進化史をゲノムの観点から概観しています。本書がおもに対象とするのは、現生人類(Homo sapiens)がネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と交雑した後期更新世~現代までとなり、文字記録の残る歴史時代にもかなりの分量を割いているのが特徴です。解説でも指摘されているように、著者の出自もあってかヨーロッパに偏重している感は否めませんが、ゲノム解析の解説と今後の人類の展望も述べられており、読みごたえがありました。

 表題には「人類全史」とありますが、予想していたよりも遺伝の仕組みや個々の遺伝子についての解説が詳しく、一般向け書籍としてはやや濃い内容になっていると思います。もっとも、濃い内容とはいっても、イギリスで発見された男性遺骸をリチャード三世と特定した経緯や、ハプスブルク家の近親婚がどのような事態を招来したのか、カルロス二世を取り上げての解説など、本書は一般読者が興味を抱きそうな話題を提示しており、工夫がなされていると思います。もっとも、上述したように、ヨーロッパに偏重している感は否めませんが。

 より普遍的な一般向けの話題として、本書は人種・病気・犯罪と遺伝との関係を取り上げており、DNAで人種を定義したり、個々の病気や犯罪を遺伝子の必然としたりするような考えが批判されています。遺伝学は急速に発展している分野であり、その全体像や最新の知見を広く一般層が理解するのはなかなか困難でしょう。そのため、一部の知見が誤解されたり拡大解釈されたりして、人種差別的な世界観に悪用される危険性がある、との懸念が著者にもあるのでしょう。本書は、人類の変異が複線的で連続的であることを強調しています。

 本書は全体的に、ゲノムからの人類史と今後の展望として、興味深い内容になっていると思います。私もそうでしたが、一般層が読んで得るものは少なくないと思います。ただ、問題点もあります。原書はAmazonで酷評されていたと記憶しているのですが、改めて確認すると、その酷評を見つけられませんでした。そうした記述が本書の価値を大きく下げているわけではないとしても、まともな啓蒙書として一般には受け入れられているだろうだけに、問題だと思います。

 具体的には、まず、X染色体がヒトの全染色体では二番目に大きい、との記述です(P48)。1~6番染色体はX染色体よりも大きいと思うのですが・・・。次に、P51などたびたび出てくる記述なので、入力ミスではないと思うのですが、現生人類が6万年前にヨーロッパに到達していた、との見解です。現時点では、現生人類が5万年以上前にヨーロッパに到達していた、とする確実な証拠はないでしょうし、多くの研究者も、5万年以上前に現生人類がヨーロッパへ到達した可能性はたいへん低い、と考えているでしょう。ネアンデルタール人が縫い物をしていた、との記述もありますが(P52)、おそらくまだ確実な証拠はなく、むしろ、ネアンデルタール人社会には縫い物がなく、それが現生人類との競合により滅亡した一因になった、との見解の方がずっと有力だろうと思います。

 ローマ帝国の時代には地球上に2500万人の農耕民がいた、とありますが(P94)、ユーラシア西部のローマ帝国と同時代のユーラシア東部の漢帝国だけで、人口は1憶人を超えるのではないか、と思います。もちろん、全員が「農耕民」ではないとしても、ローマ帝国と漢帝国以外のユーラシア地域(ペルシアや南アジアや東南アジアなど)やアメリカ大陸やアフリカ大陸なども含めると、当時の地球上の「農耕民」が2500万人との推定値は明らかに少ないと思います。その他にも色々と問題点があるのかもしれませんが、私の知見と気力の不足により、ここまでにしておきます。


参考文献:
Rutherford A.著(2017)、垂水雄二訳『ゲノムが語る人類全史』(文藝春秋社、原書の刊行は2016年)

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