現生人類の脳の形状の進化
これは1月31日分の記事として掲載しておきます。現生人類(Homo sapiens)の脳の形状の進化に関する研究(Neubauer et al., 2018)が報道されました。ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)など絶滅した古代型ホモ属と現代人の脳の形状の重要な違いは、現代人の脳の球状性です。現代人の脳は球状というか、高さがあり額が目立つようになっている一方で、古代型ホモ属の脳は前後に長く、平坦というか低い形状になっています。このような違いは胎児期および誕生後初期に生じ、遺伝的な基盤があると考えられます。また、現代人の頭蓋は華奢なのにたいして、古代型ホモ属の頭蓋は頑丈です。
現代人では脳が球状となり、頭頂葉と小脳が膨らんでいます。頭頂葉領域は、適応・注意・刺激の知覚・動作の変化・視空間統合・自己認識・作業記憶および長期記憶・数値処理の基礎的過程・道具の使用などに関連しています。小脳は移動とバランスの調整のような動作関連機能だけではなく、空間処理・作業記憶・言語・社会的認知・感情処理とも関連しています。脳の形状の進化は、認知能力の進化とも大きく関わっている可能性があるわけですが、そうした見解は、ネアンデルタール人や種区分未定のデニソワ人(Denisovan)のようにゲノム解析されている古代型ホモ属と現代人との比較で、脳組織の形成に関連する遺伝子の違いが見られるとの遺伝学的知見と整合的と言えるかもしれません。
では、現生人類系統においていつ球状の脳が進化していったのか、という問題をこの研究は検証しています。この研究は、現代人と古代の現生人類の頭蓋内鋳型を、広義のエレクトス(Homo erectus)やハイデルベルゲンシス(Homo heidelbergensis)やネアンデルタール人といった絶滅した古代型ホモ属のそれと比較しました。古代の現生人類は、第1段階(30万~20万年前頃)・第2段階(13万~10万年前頃)・第3段階(35000年前頃以降)に区分されました。
その結果、現生人類系統の脳容量は、すでに第1段階、もっと詳しく言えば30万年以上前のアフリカ北部の現生人類的な化石(関連記事)において、現代人の変異内に収まっていました。しかし、頭蓋の形状は第3段階になって初めて現代人の変異内に収まるようになりました。脳サイズの増大と脳の形状の進化は独立していた、というわけです。現生人類系統の頭蓋の形状は、第1段階ではエレクトスやネアンデルタール人など古代型ホモ属と現代人との中間に位置していたものの、第2段階では現代人の変異内の周辺に位置し、第3段階では現代人の変異内に収まりました。この研究は、現生人類系統において100000~35000年前頃の間に、脳の形状は現代人の変異内に収まるようになったのではないか、と推測しています。
球状になるような現生人類の脳の形状の進化は漸進的だったと考えられ、これは認知能力の漸進的進化を示唆しており、考古学的記録から窺える行動の「現代性」の漸進的な出現とも整合的だ、との見解をこの研究は提示しています。つまり、神経学仮説(大躍進説、創造の爆発説)で想定されているような、短期間での認知能力の進化により「現代的行動」が急速に出現・拡散したのではなく、「現代的行動」の基盤となる認知能力の進化は漸進的であり、「現代的行動」も漸進的に出現していった、というわけです。なかなか興味深い見解で、今後は比較対象をさらに増やしての検証の進展が期待されます。
参考文献:
Neubauer S, Hublin JJ, and Gunz P.(2018): The evolution of modern human brain shape. Science Advances, 4, 1, eaao5961.
http://dx.doi.org/10.1126/sciadv.aao5961
現代人では脳が球状となり、頭頂葉と小脳が膨らんでいます。頭頂葉領域は、適応・注意・刺激の知覚・動作の変化・視空間統合・自己認識・作業記憶および長期記憶・数値処理の基礎的過程・道具の使用などに関連しています。小脳は移動とバランスの調整のような動作関連機能だけではなく、空間処理・作業記憶・言語・社会的認知・感情処理とも関連しています。脳の形状の進化は、認知能力の進化とも大きく関わっている可能性があるわけですが、そうした見解は、ネアンデルタール人や種区分未定のデニソワ人(Denisovan)のようにゲノム解析されている古代型ホモ属と現代人との比較で、脳組織の形成に関連する遺伝子の違いが見られるとの遺伝学的知見と整合的と言えるかもしれません。
では、現生人類系統においていつ球状の脳が進化していったのか、という問題をこの研究は検証しています。この研究は、現代人と古代の現生人類の頭蓋内鋳型を、広義のエレクトス(Homo erectus)やハイデルベルゲンシス(Homo heidelbergensis)やネアンデルタール人といった絶滅した古代型ホモ属のそれと比較しました。古代の現生人類は、第1段階(30万~20万年前頃)・第2段階(13万~10万年前頃)・第3段階(35000年前頃以降)に区分されました。
その結果、現生人類系統の脳容量は、すでに第1段階、もっと詳しく言えば30万年以上前のアフリカ北部の現生人類的な化石(関連記事)において、現代人の変異内に収まっていました。しかし、頭蓋の形状は第3段階になって初めて現代人の変異内に収まるようになりました。脳サイズの増大と脳の形状の進化は独立していた、というわけです。現生人類系統の頭蓋の形状は、第1段階ではエレクトスやネアンデルタール人など古代型ホモ属と現代人との中間に位置していたものの、第2段階では現代人の変異内の周辺に位置し、第3段階では現代人の変異内に収まりました。この研究は、現生人類系統において100000~35000年前頃の間に、脳の形状は現代人の変異内に収まるようになったのではないか、と推測しています。
球状になるような現生人類の脳の形状の進化は漸進的だったと考えられ、これは認知能力の漸進的進化を示唆しており、考古学的記録から窺える行動の「現代性」の漸進的な出現とも整合的だ、との見解をこの研究は提示しています。つまり、神経学仮説(大躍進説、創造の爆発説)で想定されているような、短期間での認知能力の進化により「現代的行動」が急速に出現・拡散したのではなく、「現代的行動」の基盤となる認知能力の進化は漸進的であり、「現代的行動」も漸進的に出現していった、というわけです。なかなか興味深い見解で、今後は比較対象をさらに増やしての検証の進展が期待されます。
参考文献:
Neubauer S, Hublin JJ, and Gunz P.(2018): The evolution of modern human brain shape. Science Advances, 4, 1, eaao5961.
http://dx.doi.org/10.1126/sciadv.aao5961
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