初期人類の進化とチンパンジー・ゴリラ
これは1月15日分の記事として掲載しておきます。現生種で現代人と最近縁なのはチンパンジー属(Pan)で、チンパンジー(Pan troglodytes)とボノボ(Pan paniscus)の2種に区分されています。次に現代人と近縁な現生種はゴリラ属(Gorilla)の各種で、その次に近縁なのはオランウータン属(Pongo)の各種です。現代人・チンパンジー・ゴリラ・オランウータンの最終共通祖先からまずオランウータン系統が、次に現代人・チンパンジーの共通祖先系統とゴリラの祖先系統が、その次に現代人の祖先系統とチンパンジーの祖先系統が分岐しました。現代人の祖先系統と分岐した後、チンパンジーの系統はチンパンジーとボノボの系統に分岐しました(参照図)。この参照図は他サイトより引用しました。
配偶行動など初期人類の社会構造と生態については、化石記録からも推測は可能です。たとえば、体格の性差についてある程度以上明らかになれば、社会構造を推測することも可能となります。一般に、霊長類で雌雄(男女)の体格差が大きいと(性的二型)、ハーレム型社会を形成する傾向にある、と考えられています。ホモ属よりも前の初期人類については、現代人よりも雌雄の体格差が大きかった、との見解が有力で(関連記事)、初期人類はハーレム型社会を形成していたかもしれません。しかし、300万年以上前のアウストラロピテクス属のアファレンシス(Australopithecus afarensis)では、雌雄の体格差は現代人とさほど変わらなかった、との見解も提示されています(関連記事)。大型類人猿のDNA解析結果からは、人類は、乱婚型社会は経験せず、ハーレム型社会は経験したかもしれない、と指摘されています(関連記事)。初期人類の雌雄の体格差や社会構造・生態については、確実な直接的証拠を得るのが難しい、と言えるでしょう。
そこで、チンパンジーやゴリラなど、現代人と近縁な現生種の社会構造・生態が初期人類のモデルとして用いられることがあります。ただ、チンパンジーやゴリラなど現代人と近縁な現生種も、現代人の祖先系統と分岐してから、現代人の系統と同じ時間だけ進化してきた、という事実は強く念頭に置いておかねばならないでしょう。もちろん、進化学の専門家はさすがにこのような過ちを犯さないでしょうが、急激な進化を遂げた人類と、人類に近縁の霊長類をはじめとして進化の止まった他の生物という対比を強調する生理学の研究者もいるくらいですから(関連記事)、チンパンジー(ボノボ)・ゴリラは人類と比較して「進化が停滞しており」、初期人類のモデルとして適している、との見解は少なからぬ現代人に共有されているかもしれません。
確かに、霊長類の進化において、人類はホモ属の出現以降に脳容量を増加させてきており、この点では特異的な進化を遂げたと言えるでしょう。体毛が薄くなったことなど、他にも人類の特異的な進化は色々とあるでしょうが、だからといって、現代人と近縁なチンパンジー・ゴリラと比較して、特定の表現型において現代人が派生的でチンパンジー・ゴリラは祖先的である、と常に言えるわけではありません。たとえば、移動様式に関して、現代人(というか「確実な」ホモ属以降)は直立二足歩行に特化しており、この点は霊長類の進化史において特異的と言えますが、それがチンパンジー・ゴリラと比較してより派生的なのかというと、疑問も残ります。
直立二足歩行への特化は人類の重要な特徴とされており、現代人の移動様式はチンパンジー・ゴリラと比較して派生的ではないところもあるかもしれない、とは暴論かもしれませんが、大型類人猿において、恒常的ではないとしても、二足歩行は見られます。これは、人類と大型類人猿(人類も大型類人猿の1種と言えますが)の共通祖先はたまに二足歩行をしていた、と示唆しています。一方、チンパンジー・ゴリラのナックル歩行(手を丸めて手の甲の側を地面に当てつつ移動する歩き方)は、かなり特異的な進化とも言えるでしょう。
初期人類では、アルディピテクス属のラミダス(Ardipithecus ramidus)に関して詳細な研究が公表されていますが(関連記事)、そこから示唆されるのは、最初期の人類はナックル歩行をしていなかったのではないか、ということです。つまり、人類・チンパンジー・ゴリラの最終共通祖先は、ナックル歩行をしていなかった可能性がある、ということです。これは、上述した人類・チンパンジー・ゴリラの分岐順からは、想定しにくいことです。現代人・チンパンジーの共通祖先系統とゴリラの祖先系統がまず分岐し、その後に現代人の祖先系統とチンパンジーの祖先系統が分岐したわけですから、ナックル歩行を可能とする形態学的進化がチンパンジーの系統とゴリラの系統でそれぞれ独自に起きたことになります。
確かに、そのような収斂進化は進化史においてきょくたんに珍しいわけではありませんが、人類・チンパンジー・ゴリラの最終共通祖先がナックル歩行だった、との想定の方が可能性は高いと言えるでしょう。ただ、ラミダスに関する詳細な研究が公表される前から、チンパンジーとゴリラがそれぞれ独自にナックル歩行を進化させていった、との見解は提示されていました(関連記事)。何よりも、人類の祖先系統とチンパンジーの祖先系統とが700万年前頃以前もしくは500万年前頃までに分岐したとして、その頃から更新世末期まで、チンパンジーとゴリラの祖先はほとんど「確認」されていないので、どのような移動様式だったのか、直接的証拠は皆無に近い状況です。
ここからは、すでにチンパンジーとゴリラの祖先は発見されているものの、想定される形態と大きく異なっているので、そうだと考えられていないかもしれない、という可能性すら想定されます。移動様式やそれと関わる形態に関して、現代人よりもチンパンジーとゴリラの方が派生的なところもある、という可能性は想定されておくべきだと思います。なお、チンパンジーの化石としては50万年前頃のものが確認されており、チンパンジーはかつて現代よりも広範に分布していたようです(関連記事)。
このように、初期人類のモデルとしてチンパンジーやゴリラなど現代人との近縁種を想定するのには慎重でなければならないでしょうが、それでも、参考になることも否定はできないと思います。ただ、その場合、ゴリラよりもチンパンジーの方が現代人と近縁だからといって、行動・社会構造や形態などの点でチンパンジーの方がゴリラよりも初期人類に近いとは限りません。ゴリラよりもチンパンジーの方が現代人と近縁とは、あくまでも種系統樹でのことであり、各遺伝子系統樹のなかには、種系統樹と一致しないものもあります。じっさい、ゴリラのゲノムの30%では、現代人とチンパンジーの近縁度よりも、ゴリラと現代人あるいはゴリラとチンパンジーの近縁度の方が高くなっています(関連記事)。
つまり、行動・社会構造や形態などの点で、チンパンジーよりもゴリラの方が現代人および初期人類と類似している可能性もある、というわけです。この場合、ゴリラと現代人が人類・チンパンジー・ゴリラの最終共通祖先の特徴をより強く保持している(より祖先的)のにたいして、チンパンジーの方がより派生的(より進化している)ということになります。たとえば、人類は発情期・発情徴候の明確化を喪失した、とよく言われますが、これは現代人と最近縁の現生種であるチンパンジーとの比較が根拠になっています。しかし、この点に関しては、チンパンジーよりもゴリラの方が現代人と類似していることから、むしろチンパンジーの方が特殊化(派生的)していった可能性が高い(関連記事)、と言えるかもしれません。
もちろん、上記の二足歩行に関する推測のように、発情期・発情徴候の明確化に関して、人類・チンパンジー・ゴリラの最終共通祖先は現代人と現生ゴリラよりも現生チンパンジーの方と類似しており、人類系統とゴリラ系統それぞれで類似した特徴が進化していった、という可能性も考えられます。しかし、二足歩行の場合(ラミダスの詳細な研究、チンパンジーとゴリラの祖先がほとんど発見されていないこと)とは異なり直接・間接的証拠がとくにないことから、発情期・発情徴候の明確化に関しては、現代人とゴリラよりもチンパンジーの方が派生的である可能性は高いと思います。チンパンジーとゴリラは、初期人類のモデルとして参考にはなるものの、両者の共通の特徴を初期人類の特徴としたり、種系統樹を根拠にゴリラよりもチンパンジーの方が初期人類の特徴に近いとしたりすることには、慎重でなければならない、と思います。
配偶行動など初期人類の社会構造と生態については、化石記録からも推測は可能です。たとえば、体格の性差についてある程度以上明らかになれば、社会構造を推測することも可能となります。一般に、霊長類で雌雄(男女)の体格差が大きいと(性的二型)、ハーレム型社会を形成する傾向にある、と考えられています。ホモ属よりも前の初期人類については、現代人よりも雌雄の体格差が大きかった、との見解が有力で(関連記事)、初期人類はハーレム型社会を形成していたかもしれません。しかし、300万年以上前のアウストラロピテクス属のアファレンシス(Australopithecus afarensis)では、雌雄の体格差は現代人とさほど変わらなかった、との見解も提示されています(関連記事)。大型類人猿のDNA解析結果からは、人類は、乱婚型社会は経験せず、ハーレム型社会は経験したかもしれない、と指摘されています(関連記事)。初期人類の雌雄の体格差や社会構造・生態については、確実な直接的証拠を得るのが難しい、と言えるでしょう。
そこで、チンパンジーやゴリラなど、現代人と近縁な現生種の社会構造・生態が初期人類のモデルとして用いられることがあります。ただ、チンパンジーやゴリラなど現代人と近縁な現生種も、現代人の祖先系統と分岐してから、現代人の系統と同じ時間だけ進化してきた、という事実は強く念頭に置いておかねばならないでしょう。もちろん、進化学の専門家はさすがにこのような過ちを犯さないでしょうが、急激な進化を遂げた人類と、人類に近縁の霊長類をはじめとして進化の止まった他の生物という対比を強調する生理学の研究者もいるくらいですから(関連記事)、チンパンジー(ボノボ)・ゴリラは人類と比較して「進化が停滞しており」、初期人類のモデルとして適している、との見解は少なからぬ現代人に共有されているかもしれません。
確かに、霊長類の進化において、人類はホモ属の出現以降に脳容量を増加させてきており、この点では特異的な進化を遂げたと言えるでしょう。体毛が薄くなったことなど、他にも人類の特異的な進化は色々とあるでしょうが、だからといって、現代人と近縁なチンパンジー・ゴリラと比較して、特定の表現型において現代人が派生的でチンパンジー・ゴリラは祖先的である、と常に言えるわけではありません。たとえば、移動様式に関して、現代人(というか「確実な」ホモ属以降)は直立二足歩行に特化しており、この点は霊長類の進化史において特異的と言えますが、それがチンパンジー・ゴリラと比較してより派生的なのかというと、疑問も残ります。
直立二足歩行への特化は人類の重要な特徴とされており、現代人の移動様式はチンパンジー・ゴリラと比較して派生的ではないところもあるかもしれない、とは暴論かもしれませんが、大型類人猿において、恒常的ではないとしても、二足歩行は見られます。これは、人類と大型類人猿(人類も大型類人猿の1種と言えますが)の共通祖先はたまに二足歩行をしていた、と示唆しています。一方、チンパンジー・ゴリラのナックル歩行(手を丸めて手の甲の側を地面に当てつつ移動する歩き方)は、かなり特異的な進化とも言えるでしょう。
初期人類では、アルディピテクス属のラミダス(Ardipithecus ramidus)に関して詳細な研究が公表されていますが(関連記事)、そこから示唆されるのは、最初期の人類はナックル歩行をしていなかったのではないか、ということです。つまり、人類・チンパンジー・ゴリラの最終共通祖先は、ナックル歩行をしていなかった可能性がある、ということです。これは、上述した人類・チンパンジー・ゴリラの分岐順からは、想定しにくいことです。現代人・チンパンジーの共通祖先系統とゴリラの祖先系統がまず分岐し、その後に現代人の祖先系統とチンパンジーの祖先系統が分岐したわけですから、ナックル歩行を可能とする形態学的進化がチンパンジーの系統とゴリラの系統でそれぞれ独自に起きたことになります。
確かに、そのような収斂進化は進化史においてきょくたんに珍しいわけではありませんが、人類・チンパンジー・ゴリラの最終共通祖先がナックル歩行だった、との想定の方が可能性は高いと言えるでしょう。ただ、ラミダスに関する詳細な研究が公表される前から、チンパンジーとゴリラがそれぞれ独自にナックル歩行を進化させていった、との見解は提示されていました(関連記事)。何よりも、人類の祖先系統とチンパンジーの祖先系統とが700万年前頃以前もしくは500万年前頃までに分岐したとして、その頃から更新世末期まで、チンパンジーとゴリラの祖先はほとんど「確認」されていないので、どのような移動様式だったのか、直接的証拠は皆無に近い状況です。
ここからは、すでにチンパンジーとゴリラの祖先は発見されているものの、想定される形態と大きく異なっているので、そうだと考えられていないかもしれない、という可能性すら想定されます。移動様式やそれと関わる形態に関して、現代人よりもチンパンジーとゴリラの方が派生的なところもある、という可能性は想定されておくべきだと思います。なお、チンパンジーの化石としては50万年前頃のものが確認されており、チンパンジーはかつて現代よりも広範に分布していたようです(関連記事)。
このように、初期人類のモデルとしてチンパンジーやゴリラなど現代人との近縁種を想定するのには慎重でなければならないでしょうが、それでも、参考になることも否定はできないと思います。ただ、その場合、ゴリラよりもチンパンジーの方が現代人と近縁だからといって、行動・社会構造や形態などの点でチンパンジーの方がゴリラよりも初期人類に近いとは限りません。ゴリラよりもチンパンジーの方が現代人と近縁とは、あくまでも種系統樹でのことであり、各遺伝子系統樹のなかには、種系統樹と一致しないものもあります。じっさい、ゴリラのゲノムの30%では、現代人とチンパンジーの近縁度よりも、ゴリラと現代人あるいはゴリラとチンパンジーの近縁度の方が高くなっています(関連記事)。
つまり、行動・社会構造や形態などの点で、チンパンジーよりもゴリラの方が現代人および初期人類と類似している可能性もある、というわけです。この場合、ゴリラと現代人が人類・チンパンジー・ゴリラの最終共通祖先の特徴をより強く保持している(より祖先的)のにたいして、チンパンジーの方がより派生的(より進化している)ということになります。たとえば、人類は発情期・発情徴候の明確化を喪失した、とよく言われますが、これは現代人と最近縁の現生種であるチンパンジーとの比較が根拠になっています。しかし、この点に関しては、チンパンジーよりもゴリラの方が現代人と類似していることから、むしろチンパンジーの方が特殊化(派生的)していった可能性が高い(関連記事)、と言えるかもしれません。
もちろん、上記の二足歩行に関する推測のように、発情期・発情徴候の明確化に関して、人類・チンパンジー・ゴリラの最終共通祖先は現代人と現生ゴリラよりも現生チンパンジーの方と類似しており、人類系統とゴリラ系統それぞれで類似した特徴が進化していった、という可能性も考えられます。しかし、二足歩行の場合(ラミダスの詳細な研究、チンパンジーとゴリラの祖先がほとんど発見されていないこと)とは異なり直接・間接的証拠がとくにないことから、発情期・発情徴候の明確化に関しては、現代人とゴリラよりもチンパンジーの方が派生的である可能性は高いと思います。チンパンジーとゴリラは、初期人類のモデルとして参考にはなるものの、両者の共通の特徴を初期人類の特徴としたり、種系統樹を根拠にゴリラよりもチンパンジーの方が初期人類の特徴に近いとしたりすることには、慎重でなければならない、と思います。
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