2017年の古人類学界
これは12月29日分の記事として掲載しておきます。あくまでも私の関心に基づいたものですが、年末になったので、今年(2017年)も古人類学界について振り返っていくことにします。今年の動向を私の関心に沿って整理すると、以下のようになります。
(1)今年も着実に進展した古代DNA解析。
(2)ますます複雑になってきた後期ホモ属の進化史。
(3)さかのぼる現生人類の拡散。
(1)古代DNA研究は近年目覚ましい発展を遂げている分野で、今年も注目すべき研究が多数公表されました。正直なところ、この分野に関しては最新の主要な研究を把握することがほとんどできておらず、よく整理できていません。しかし、当ブログだけでも今年それなりの数の研究を取り上げてきたので、数行程度の簡単な内容紹介で関連記事を掲載していき、今後の整理に役立てようと考えています。
ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のデニソワ人(Denisovan)など現生人類(Homo sapiens)ではない系統である古代型ホモ属のDNAの解析および現代人との比較は、大きな注目を集めています。そのさいに重要となるのは、現代人と匹敵するくらいの古代型ホモ属の高品質なゲノム配列で、これまでは、南西シベリアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)で発見された、デニソワ人1個体とネアンデルタール人1個体のみから得られていました。今年になって、クロアチアのヴィンディヤ洞窟(Vindija Cave)遺跡で発見された5万年前頃のネアンデルタール人の高品質なゲノム配列が決定され、3例目であることもそうですが、東方ではなく西方のネアンデルタール人ということでも、たいへん意義深いと言えるでしょう。
https://sicambre.seesaa.net/article/201710article_9.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201711article_16.html
DNA解析により新たに確認された古代型ホモ属では、デニソワ人の遺骸としては4例目となるものや、
https://sicambre.seesaa.net/article/201707article_19.html
ネアンデルタール人の間のミトコンドリアDNA(mtDNA)の系統樹では、既知の個体群のなかで最も古く分岐したと推定される大腿骨化石があります。
https://sicambre.seesaa.net/article/201707article_6.html
また、環境DNA研究の古代DNA研究への応用により、ネアンデルタール人とデニソワ人の存在が確認されたことや、
https://sicambre.seesaa.net/article/201704article_29.html
ネアンデルタール人の口腔微生物叢のDNA解析も注目されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/201703article_10.html
古代型ホモ属と現生人類との交雑による現代人への影響に関する研究も活発です。これまでもそうでしたが、今年も、現生人類において、脳や精巣ではネアンデルタール人の遺伝的影響が排除されている、との見解が提示されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/201702article_28.html
ただ、現代人の脳と頭蓋におけるネアンデルタール人の遺伝的影響を指摘する見解も提示されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/201707article_28.html
これに限らず、じゅうらいの研究でも指摘されてきたように、現代人には古代型ホモ属からの遺伝的影響も確認されています。今年は、肌や髪の色・睡眠パターンなどでネアンデルタール人からの遺伝的影響を指摘した見解が提示されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/201710article_7.html
現生人類と古代型ホモ属との交雑では、ネアンデルタール人とデニソワ人の事例が確認されており、いずれも(スンダランドも含む)ユーラシアが舞台だったと考えられています。一般には、アフリカ系現代人のみが「純粋なサピエンス」だとの理解もそれなりに広まっているようですが、これまでも、アフリカの非現生人類のホモ属と現生人類との交雑を想定する見解は提示されていました。今年も、アフリカにおいて現生人類と遺伝学的に未知の人類系統の交雑を指摘した見解が提示されていますが、ネアンデルタール人やデニソワ人とは異なり、現生人類の交雑相手のDNAはまだ解析されていません(遺骸も特定されていません)。
https://sicambre.seesaa.net/article/201707article_24.html
現生人類の古代DNA研究は、古代型ホモ属の滅亡後も対象となるだけに、古代型ホモ属よりもずっと条件に恵まれており、たいへん活発な分野となっています。これまでは、政治体制・経済・治安などの要因とともに、DNAが残るのに適している環境でもあることから、ヨーロッパの現生人類の古代DNA研究が盛んでした。そうした条件のため、今後もこの傾向は変わらないでしょうが、他地域の古代DNA研究も着実に進展しています。アフリカはヨーロッパと比較して古代DNAが残るのに適していない環境なのですが、東部と南部における古代DNAの解析結果が報告されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/201709article_25.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201709article_30.html
東アジアにおいても、7700年前頃の現生人類と4万年前頃の現生人類のDNA解析結果が報告されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/201702article_3.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201710article_16.html
(2)後期ホモ属の進化史は、かなり複雑なものだったようです。中期更新世のヨーロッパにおいては、人類集団間または集団内の多様性と複雑な人口動態が見られ、さまざまな水準の孤立と交雑を伴う多様な集団置換が想定される、と指摘されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/201703article_16.html
中国で発見された12万~10万年前頃の「許昌人」の頭蓋からは、東アジアにおける後期ホモ属の地域的継続性と、地域間の比較的低水準の交雑の可能性が指摘されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/201703article_4.html
アフリカ北部では30万年以上前の現生人類的な化石が発見されましたが、現生人類の起源さかのぼるというよりは、現生人類アフリカ単一起源説を前提としつつ、アフリカ内の多地域進化を想定する必要があるのかもしれません。
https://sicambre.seesaa.net/article/201706article_9.html
今年この問題で最も注目されたのは、年代不明のホモ属の新種とされたナレディ(Homo naledi)の推定年代が335000~236000年前頃とされたことです。これにより、少なくとも中期更新世の後半まで、アフリカにおいても現生人類系統とは大きく異なる系統の人類が存在していた、と明らかになりました。
https://sicambre.seesaa.net/article/201705article_11.html
また、おもに東・東南アジアを対象としていますが、現生人類到達前のアジアのホモ属進化史を概観した論文はたいへん有益だと思います。
https://sicambre.seesaa.net/article/201712article_13.html
(3)アフリカからの現生人類拡散の年代が、じゅうらいの有力説よりもさかのぼることを指摘する見解が複数提示されました。オーストラリア大陸(更新世の寒冷期には、ニューギニア島やタスマニア島とも陸続きとなり、サフルランドを形成していました)における人類の痕跡は65000年前頃までさかのぼる、との見解が提示されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/201707article_21.html
スマトラ島の現生人類的な歯の年代は、73000~63000年前頃と推定されました。
https://sicambre.seesaa.net/article/201708article_12.html
ただ、東南アジア(スンダランド)やサフルランドにおいて6万年以上前に現生人類が存在していたとしても、現代人の祖先ではなかった可能性も考えられます。また、スンダランドやサフルランドの初期現生人類が、フローレス島にいた現生人類ではないホモ属種フロレシエンシス(Homo floresiensis)と接触した可能性も想定されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/201708article_22.html
現生人類の起源と拡散については、近年の遺伝学的研究成果を概観した研究がたいへん有益だと思います。
https://sicambre.seesaa.net/article/201704article_20.html
この他にも取り上げるべき研究は多くあるはずですが、読もうと思っていながらまだ読んでいない論文もかなり多く、古人類学の最新の動向になかなか追いつけていないのが現状で、重要な研究でありながら把握しきれていないものも多いのではないか、と思います。この状況を劇的に改善させられる自信はまったくないので、せめて今年並には本・論文を読み、地道に最新の動向を追いかけていこう、と考えています。なお、過去の回顧記事は以下の通りです。
2006年の古人類学界の回顧
https://sicambre.seesaa.net/article/200612article_27.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200612article_28.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200612article_29.html
2007年の古人類学界の回顧
https://sicambre.seesaa.net/article/200712article_28.html
2008年の古人類学界の回顧
https://sicambre.seesaa.net/article/200812article_25.html
2009年の古人類学界の回顧
https://sicambre.seesaa.net/article/200912article_25.html
2010年の古人類学界の回顧
https://sicambre.seesaa.net/article/201012article_26.html
2011年の古人類学界の回顧
https://sicambre.seesaa.net/article/201112article_24.html
2012年の古人類学界の回顧
https://sicambre.seesaa.net/article/201212article_26.html
2013年の古人類学界の回顧
https://sicambre.seesaa.net/article/201312article_33.html
2014年の古人類学界の回顧
https://sicambre.seesaa.net/article/201412article_32.html
2015年の古人類学界の回顧
https://sicambre.seesaa.net/article/201512article_31.html
2016年の古人類学界の回顧
https://sicambre.seesaa.net/article/201612article_29.html
(1)今年も着実に進展した古代DNA解析。
(2)ますます複雑になってきた後期ホモ属の進化史。
(3)さかのぼる現生人類の拡散。
(1)古代DNA研究は近年目覚ましい発展を遂げている分野で、今年も注目すべき研究が多数公表されました。正直なところ、この分野に関しては最新の主要な研究を把握することがほとんどできておらず、よく整理できていません。しかし、当ブログだけでも今年それなりの数の研究を取り上げてきたので、数行程度の簡単な内容紹介で関連記事を掲載していき、今後の整理に役立てようと考えています。
ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のデニソワ人(Denisovan)など現生人類(Homo sapiens)ではない系統である古代型ホモ属のDNAの解析および現代人との比較は、大きな注目を集めています。そのさいに重要となるのは、現代人と匹敵するくらいの古代型ホモ属の高品質なゲノム配列で、これまでは、南西シベリアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)で発見された、デニソワ人1個体とネアンデルタール人1個体のみから得られていました。今年になって、クロアチアのヴィンディヤ洞窟(Vindija Cave)遺跡で発見された5万年前頃のネアンデルタール人の高品質なゲノム配列が決定され、3例目であることもそうですが、東方ではなく西方のネアンデルタール人ということでも、たいへん意義深いと言えるでしょう。
https://sicambre.seesaa.net/article/201710article_9.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201711article_16.html
DNA解析により新たに確認された古代型ホモ属では、デニソワ人の遺骸としては4例目となるものや、
https://sicambre.seesaa.net/article/201707article_19.html
ネアンデルタール人の間のミトコンドリアDNA(mtDNA)の系統樹では、既知の個体群のなかで最も古く分岐したと推定される大腿骨化石があります。
https://sicambre.seesaa.net/article/201707article_6.html
また、環境DNA研究の古代DNA研究への応用により、ネアンデルタール人とデニソワ人の存在が確認されたことや、
https://sicambre.seesaa.net/article/201704article_29.html
ネアンデルタール人の口腔微生物叢のDNA解析も注目されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/201703article_10.html
古代型ホモ属と現生人類との交雑による現代人への影響に関する研究も活発です。これまでもそうでしたが、今年も、現生人類において、脳や精巣ではネアンデルタール人の遺伝的影響が排除されている、との見解が提示されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/201702article_28.html
ただ、現代人の脳と頭蓋におけるネアンデルタール人の遺伝的影響を指摘する見解も提示されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/201707article_28.html
これに限らず、じゅうらいの研究でも指摘されてきたように、現代人には古代型ホモ属からの遺伝的影響も確認されています。今年は、肌や髪の色・睡眠パターンなどでネアンデルタール人からの遺伝的影響を指摘した見解が提示されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/201710article_7.html
現生人類と古代型ホモ属との交雑では、ネアンデルタール人とデニソワ人の事例が確認されており、いずれも(スンダランドも含む)ユーラシアが舞台だったと考えられています。一般には、アフリカ系現代人のみが「純粋なサピエンス」だとの理解もそれなりに広まっているようですが、これまでも、アフリカの非現生人類のホモ属と現生人類との交雑を想定する見解は提示されていました。今年も、アフリカにおいて現生人類と遺伝学的に未知の人類系統の交雑を指摘した見解が提示されていますが、ネアンデルタール人やデニソワ人とは異なり、現生人類の交雑相手のDNAはまだ解析されていません(遺骸も特定されていません)。
https://sicambre.seesaa.net/article/201707article_24.html
現生人類の古代DNA研究は、古代型ホモ属の滅亡後も対象となるだけに、古代型ホモ属よりもずっと条件に恵まれており、たいへん活発な分野となっています。これまでは、政治体制・経済・治安などの要因とともに、DNAが残るのに適している環境でもあることから、ヨーロッパの現生人類の古代DNA研究が盛んでした。そうした条件のため、今後もこの傾向は変わらないでしょうが、他地域の古代DNA研究も着実に進展しています。アフリカはヨーロッパと比較して古代DNAが残るのに適していない環境なのですが、東部と南部における古代DNAの解析結果が報告されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/201709article_25.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201709article_30.html
東アジアにおいても、7700年前頃の現生人類と4万年前頃の現生人類のDNA解析結果が報告されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/201702article_3.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201710article_16.html
(2)後期ホモ属の進化史は、かなり複雑なものだったようです。中期更新世のヨーロッパにおいては、人類集団間または集団内の多様性と複雑な人口動態が見られ、さまざまな水準の孤立と交雑を伴う多様な集団置換が想定される、と指摘されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/201703article_16.html
中国で発見された12万~10万年前頃の「許昌人」の頭蓋からは、東アジアにおける後期ホモ属の地域的継続性と、地域間の比較的低水準の交雑の可能性が指摘されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/201703article_4.html
アフリカ北部では30万年以上前の現生人類的な化石が発見されましたが、現生人類の起源さかのぼるというよりは、現生人類アフリカ単一起源説を前提としつつ、アフリカ内の多地域進化を想定する必要があるのかもしれません。
https://sicambre.seesaa.net/article/201706article_9.html
今年この問題で最も注目されたのは、年代不明のホモ属の新種とされたナレディ(Homo naledi)の推定年代が335000~236000年前頃とされたことです。これにより、少なくとも中期更新世の後半まで、アフリカにおいても現生人類系統とは大きく異なる系統の人類が存在していた、と明らかになりました。
https://sicambre.seesaa.net/article/201705article_11.html
また、おもに東・東南アジアを対象としていますが、現生人類到達前のアジアのホモ属進化史を概観した論文はたいへん有益だと思います。
https://sicambre.seesaa.net/article/201712article_13.html
(3)アフリカからの現生人類拡散の年代が、じゅうらいの有力説よりもさかのぼることを指摘する見解が複数提示されました。オーストラリア大陸(更新世の寒冷期には、ニューギニア島やタスマニア島とも陸続きとなり、サフルランドを形成していました)における人類の痕跡は65000年前頃までさかのぼる、との見解が提示されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/201707article_21.html
スマトラ島の現生人類的な歯の年代は、73000~63000年前頃と推定されました。
https://sicambre.seesaa.net/article/201708article_12.html
ただ、東南アジア(スンダランド)やサフルランドにおいて6万年以上前に現生人類が存在していたとしても、現代人の祖先ではなかった可能性も考えられます。また、スンダランドやサフルランドの初期現生人類が、フローレス島にいた現生人類ではないホモ属種フロレシエンシス(Homo floresiensis)と接触した可能性も想定されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/201708article_22.html
現生人類の起源と拡散については、近年の遺伝学的研究成果を概観した研究がたいへん有益だと思います。
https://sicambre.seesaa.net/article/201704article_20.html
この他にも取り上げるべき研究は多くあるはずですが、読もうと思っていながらまだ読んでいない論文もかなり多く、古人類学の最新の動向になかなか追いつけていないのが現状で、重要な研究でありながら把握しきれていないものも多いのではないか、と思います。この状況を劇的に改善させられる自信はまったくないので、せめて今年並には本・論文を読み、地道に最新の動向を追いかけていこう、と考えています。なお、過去の回顧記事は以下の通りです。
2006年の古人類学界の回顧
https://sicambre.seesaa.net/article/200612article_27.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200612article_28.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200612article_29.html
2007年の古人類学界の回顧
https://sicambre.seesaa.net/article/200712article_28.html
2008年の古人類学界の回顧
https://sicambre.seesaa.net/article/200812article_25.html
2009年の古人類学界の回顧
https://sicambre.seesaa.net/article/200912article_25.html
2010年の古人類学界の回顧
https://sicambre.seesaa.net/article/201012article_26.html
2011年の古人類学界の回顧
https://sicambre.seesaa.net/article/201112article_24.html
2012年の古人類学界の回顧
https://sicambre.seesaa.net/article/201212article_26.html
2013年の古人類学界の回顧
https://sicambre.seesaa.net/article/201312article_33.html
2014年の古人類学界の回顧
https://sicambre.seesaa.net/article/201412article_32.html
2015年の古人類学界の回顧
https://sicambre.seesaa.net/article/201512article_31.html
2016年の古人類学界の回顧
https://sicambre.seesaa.net/article/201612article_29.html
この記事へのコメント