頭蓋冠によるフロレシエンシスの系統解析
これは12月21日分の記事として掲載しておきます。取り上げるのがたいへん遅れましたが、インドネシア領フローレス島のリアンブア(Liang Bua)洞窟で発見された、6万年以上前の人類遺骸の系統解析に関する研究(Zeitoun et al., 2016)が公表されました。リアンブア洞窟で発見された6万年以上前の人類遺骸に関しては、病変の現生人類(Homo sapiens)との主張も一部で依然として根強いのですが、ホモ属の新種フロレシエンシス(Homo floresiensis)との分類が今では広く受け入れられていると思います。
本論文は、頭蓋冠の分析・比較から、フロレシエンシスの正基準標本とされるLB1が人類進化史においてどの系統に分類されるべきなのか、検証しています。LB1の比較対象となったのは、最初期のホモ属であるルドルフェンシス(Homo rudolfensis)やエルガスター(Homo ergaster)、ユーラシア東部のエレクトス(Homo erectus)やユーラシア西部のネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)、さらには化石現生人類や現代人といった各種ホモ属で、外群として、現生種では他種よりもヒトと近縁なゴリラ(Gorilla gorilla)およびチンパンジー(Pan troglodytes)と、絶滅人類種のうちホモ属ではない、アウストラロピテクス属のアフリカヌス(Australopithecus africanus)とパラントロプス属のボイセイ(Paranthropus boisei)が用いられました。
その結果、ホモ属は、ルドルフェンシスやエルガスターや名称未定の新種群といった最初期の分類群が分岐した後、大きくエレクトスとサピエンスの2種に区分される、という結果が得られました。LB1はエレクトスと区分すべき単系統群に属する、との見解が提示されています。ただ、本論文におけるホモ属の分類は一般的なものとかなり異なるように思われるので、有力説を前提とした単純化はできないでしょう。本論文で提示されるエレクトスという種区分は、ジャワ島のトリニール(Trinil)やサンギラン(Sangiran)で発見された、前期更新世の人類群を含んでいます。これらは一般的にエレクトスと分類されているでしょうから、この点は多くの人にとって違和感はないでしょう。
ただ、そこにLB1が含まれていることと、ジャワ島のガンドン(Ngandong)遺跡とサンブンマチャン(Sambungmacan)遺跡で発見された中期更新世以降(おそらく、後期更新世にまではくだらないでしょうが)の人骨群がサピエンスに属すとされていることは、議論を惹起しそうです。ガンドン遺跡とサンブンマチャン遺跡の中期更新世以降の人骨群は一般にはエレクトスと分類されていますが、本論文では、サピエンスの亜種ソロエンシス(Homo sapiens soloensis)に分類されています。ソロエンシスと近縁とされているのは、アフリカの古代型サピエンスとも言われる、タンザニアのラエトリ(Laetoli)遺跡のホモ属化石も含む、サピエンスの亜種ローデシエンシス(Homo sapiens rhodesiensis)という分類群です。
ジャワ島のエレクトスでは漸進的な進化が確認され、おそらくは120万年以上の地域的な継続的進化があったのだろう、との見解が提示されていますから(関連記事)、ジャワ島の前期更新世のホモ属をエレクトス、中期更新世以降のホモ属をサピエンスと分類することには異論が多いのではないか、と思います。また、本論文のエレクトスには、エルガスター(広義のエレクトスとしてまとめられることも多いのですが)と分類されることも多いホモ属化石のうち、一部(KNMWT 15000)がエレクトスと分類される一方で、他の化石がエルガスターや最初期の複数の分類群に帰属させられており、この点でもかなり意外な分析結果になっています。
LB1をエレクトスと分類する本論文は、6万年以上前のリアンブア洞窟の人類遺骸群を病変の現生人類とする見解を否定しているものの、LB1の小柄な体格や特殊な形態については、病変現生人類説で要因とされたダウン症候群などに起因する可能性を提示しています。しかし本論文は、LB1の小柄な体格や特殊な形態への進化の過程は確定的ではない、と慎重な姿勢を示しています。LB1とジャワ島の前期更新世のホモ属を単系統群に分類することは、有力な仮説たり得ると思いますが、やはり、中期更新世以降のジャワ島のホモ属化石が大きく異なる分類群に帰属するとされていることは、今後も議論になるだろう、と思います。じゅうらいの有力説と整合的な解釈をするならば、中期更新世以降にアフリカから新たなホモ属が東南アジアに進出してきて、在来のエレクトスと交雑した、という想定になるでしょうか。
本論文の主題からは外れますが、本論文でサピエンスと区分されている分類群内の違いも興味深いものです。古代型サピエンスとも言われてきたラエトリのホモ属化石(Laetoli H18)よりも、ネアンデルタール人やいわゆる北京原人の方が現生人類に近い、とされています。頭蓋冠に基づく本論文のこうした分類と、じゅうらいの有力説との齟齬は、あるいは、現生人類的な特徴がアフリカ各地で独立して出現し、それら集団間の交雑・融合の過程で現生人類が形成されていったことを反映しているのかもしれません。
初期現生人類とされるレヴァントのスフール遺跡のホモ属化石(Skhùl V)は、現代人とともに単系統群を構成しています(Homo sapiens sapiens)。これは意外ではないのですが、興味深いのは、レヴァントのネアンデルタール人(Amud I)の方が、イタリア(Monte Circeo I)やフランス(La Chapelle-aux-Saints 1)といった西ヨーロッパのネアンデルタール人よりも現生人類に近いことです。レヴァントも含む西アジアのネアンデルタール人は、西ヨーロッパの後期ネアンデルタール人ほどには特殊化しておらず、現生人類との類似性は西ヨーロッパの後期ネアンデルタール人よりも多い、とは以前より指摘されていましたが、広範な年代・地域のホモ属化石の頭蓋冠の分析でもそれが裏づけられた、と言えるでしょうか。
参考文献:
Zeitoun V, Barriel V, and Widianto H.(2016): Phylogenetic analysis of the calvaria of Homo floresiensis. Comptes Rendus Palevol, 15, 5, 555-568.
https://doi.org/10.1016/j.crpv.2015.12.002
本論文は、頭蓋冠の分析・比較から、フロレシエンシスの正基準標本とされるLB1が人類進化史においてどの系統に分類されるべきなのか、検証しています。LB1の比較対象となったのは、最初期のホモ属であるルドルフェンシス(Homo rudolfensis)やエルガスター(Homo ergaster)、ユーラシア東部のエレクトス(Homo erectus)やユーラシア西部のネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)、さらには化石現生人類や現代人といった各種ホモ属で、外群として、現生種では他種よりもヒトと近縁なゴリラ(Gorilla gorilla)およびチンパンジー(Pan troglodytes)と、絶滅人類種のうちホモ属ではない、アウストラロピテクス属のアフリカヌス(Australopithecus africanus)とパラントロプス属のボイセイ(Paranthropus boisei)が用いられました。
その結果、ホモ属は、ルドルフェンシスやエルガスターや名称未定の新種群といった最初期の分類群が分岐した後、大きくエレクトスとサピエンスの2種に区分される、という結果が得られました。LB1はエレクトスと区分すべき単系統群に属する、との見解が提示されています。ただ、本論文におけるホモ属の分類は一般的なものとかなり異なるように思われるので、有力説を前提とした単純化はできないでしょう。本論文で提示されるエレクトスという種区分は、ジャワ島のトリニール(Trinil)やサンギラン(Sangiran)で発見された、前期更新世の人類群を含んでいます。これらは一般的にエレクトスと分類されているでしょうから、この点は多くの人にとって違和感はないでしょう。
ただ、そこにLB1が含まれていることと、ジャワ島のガンドン(Ngandong)遺跡とサンブンマチャン(Sambungmacan)遺跡で発見された中期更新世以降(おそらく、後期更新世にまではくだらないでしょうが)の人骨群がサピエンスに属すとされていることは、議論を惹起しそうです。ガンドン遺跡とサンブンマチャン遺跡の中期更新世以降の人骨群は一般にはエレクトスと分類されていますが、本論文では、サピエンスの亜種ソロエンシス(Homo sapiens soloensis)に分類されています。ソロエンシスと近縁とされているのは、アフリカの古代型サピエンスとも言われる、タンザニアのラエトリ(Laetoli)遺跡のホモ属化石も含む、サピエンスの亜種ローデシエンシス(Homo sapiens rhodesiensis)という分類群です。
ジャワ島のエレクトスでは漸進的な進化が確認され、おそらくは120万年以上の地域的な継続的進化があったのだろう、との見解が提示されていますから(関連記事)、ジャワ島の前期更新世のホモ属をエレクトス、中期更新世以降のホモ属をサピエンスと分類することには異論が多いのではないか、と思います。また、本論文のエレクトスには、エルガスター(広義のエレクトスとしてまとめられることも多いのですが)と分類されることも多いホモ属化石のうち、一部(KNMWT 15000)がエレクトスと分類される一方で、他の化石がエルガスターや最初期の複数の分類群に帰属させられており、この点でもかなり意外な分析結果になっています。
LB1をエレクトスと分類する本論文は、6万年以上前のリアンブア洞窟の人類遺骸群を病変の現生人類とする見解を否定しているものの、LB1の小柄な体格や特殊な形態については、病変現生人類説で要因とされたダウン症候群などに起因する可能性を提示しています。しかし本論文は、LB1の小柄な体格や特殊な形態への進化の過程は確定的ではない、と慎重な姿勢を示しています。LB1とジャワ島の前期更新世のホモ属を単系統群に分類することは、有力な仮説たり得ると思いますが、やはり、中期更新世以降のジャワ島のホモ属化石が大きく異なる分類群に帰属するとされていることは、今後も議論になるだろう、と思います。じゅうらいの有力説と整合的な解釈をするならば、中期更新世以降にアフリカから新たなホモ属が東南アジアに進出してきて、在来のエレクトスと交雑した、という想定になるでしょうか。
本論文の主題からは外れますが、本論文でサピエンスと区分されている分類群内の違いも興味深いものです。古代型サピエンスとも言われてきたラエトリのホモ属化石(Laetoli H18)よりも、ネアンデルタール人やいわゆる北京原人の方が現生人類に近い、とされています。頭蓋冠に基づく本論文のこうした分類と、じゅうらいの有力説との齟齬は、あるいは、現生人類的な特徴がアフリカ各地で独立して出現し、それら集団間の交雑・融合の過程で現生人類が形成されていったことを反映しているのかもしれません。
初期現生人類とされるレヴァントのスフール遺跡のホモ属化石(Skhùl V)は、現代人とともに単系統群を構成しています(Homo sapiens sapiens)。これは意外ではないのですが、興味深いのは、レヴァントのネアンデルタール人(Amud I)の方が、イタリア(Monte Circeo I)やフランス(La Chapelle-aux-Saints 1)といった西ヨーロッパのネアンデルタール人よりも現生人類に近いことです。レヴァントも含む西アジアのネアンデルタール人は、西ヨーロッパの後期ネアンデルタール人ほどには特殊化しておらず、現生人類との類似性は西ヨーロッパの後期ネアンデルタール人よりも多い、とは以前より指摘されていましたが、広範な年代・地域のホモ属化石の頭蓋冠の分析でもそれが裏づけられた、と言えるでしょうか。
参考文献:
Zeitoun V, Barriel V, and Widianto H.(2016): Phylogenetic analysis of the calvaria of Homo floresiensis. Comptes Rendus Palevol, 15, 5, 555-568.
https://doi.org/10.1016/j.crpv.2015.12.002
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