現生人類の優位性に起因しないかもしれないネアンデルタール人の絶滅

 これは11月2日分の記事として掲載しておきます。ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の絶滅要因に関する研究(Kolodny, and Feldman., 2017)が公表されました。もっとも、ネアンデルタール人の絶滅とはいっても、ネアンデルタール人のDNAは(非アフリカ系)現代人にわずかながら継承されているわけで、より正確には、ネアンデルタール人の形態的・遺伝的特徴を一括して有する集団は現在では存在しない、と言うべきかもしれません。

 ネアンデルタール人の絶滅要因への関心は高く、さまざまな見解が提示されてきましたが(関連記事)、大きく分けると、寒冷化などといった環境説と、現生人類(Homo sapiens)との直接的・間接的競合を想定する人為説とがあります。人為説では、現生人類がネアンデルタール人にたいして何らかの点で優位に立っていたと想定されることが多く、認知能力の違いのような先天的要因を重視する見解が主流と言えるでしょうが、人口規模の違いといった後天的な社会要因を重視する見解も提示されています。

 この研究は、人類集団内の浮動に基づくネアンデルタール人の置換モデルを作成し、検証しました。このモデルでは、考古学的証拠から推測される、ネアンデルタール人と現生人類との接触からネアンデルタール人の絶滅までの期間において、ネアンデルタール人にたいする現生人類の選択的優位がなくとも、ネアンデルタール人から現生人類への置換は起き得る、とされています。また、この置換は現生人類集団の人口の急増ではなくとも、小集団により繰り返される移住および低い人口増加率によっても起き得る、とも指摘されています。

 この研究は、ネアンデルタール人にたいする現生人類の選択的優位や環境変動がネアンデルタール人の絶滅に何らかの役割を果たした可能性を否定していませんが、そうした想定なしでもネアンデルタール人の絶滅を説明できる、と強調しています。また、認知能力などにおける、ネアンデルタール人にたいする現生人類の優位性を示すとされる考古学的証拠の解釈には慎重であるべきだ、とも指摘されています。この点には私も同意します。

 もちろん、ネアンデルタール人と現生人類とでは、認知能力などの点で、程度はともかくとして何らかの違いがあった可能性は高いでしょうが、それを大前提としなくともネアンデルタール人から現生人類への置換はあり得るとの見解は、なかなか興味深いと思います。ネアンデルタール人の絶滅は昔からたいへん関心の高い問題であり、研究も盛んなので、今後の進展には大いに注目しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【進化学】ネアンデルタール人はそんなに簡単にいなくなったのだろうか?

 現生人類がネアンデルタール人に取って代わったことは、現生人類のアフリカからユーラシアへの移住動態によって十分に説明できると示唆するモデルについて記述された論文が、今週掲載される。ネアンデルタール人が絶滅した原因をめぐるこれまでの議論では、環境圧、現生人類との競争に敗れたこと、あるいは、その両方とする主張がある。

 今回、Oren KolodnyとMarcus Feldmanは、ヒト族集団内の浮動に基づくネアンデルタール人の置換モデルを作成した。このモデルでは、種の出現頻度に変化が生じる原因は偶発的な出来事であり、選択的優位性ではないとされる。今回の研究で、移住パターンと当初の集団サイズ以外の点でネアンデルタール人と現生人類が同等だったと仮定した場合であっても、現生人類がアフリカからユーラシアへの移住を何度も繰り返したために現生人類がネアンデルタール人に取って代わることが確実になっていたことが明らかになった。現生人類が徐々にネアンデルタール人に取って代わったのであり、アフリカから外へ移住し、ユーラシアで定着した1つかそれ以上の小規模な現生人類の集団の子孫がネアンデルタール人に取って代わり、人口増加を経てヒト族集団の全体を占めるようになったことがこのモデルによって示唆されている。

 ネアンデルタール人の絶滅が環境要因や現生人類の優位性によって早まった可能性は否定しきれないが、今回の研究で明らかになったモデルは、ネアンデルタール人の置換が必然だったことを示唆するだけでなく、他の原因因子の相対的役割の検証をさらに進める際の基準となっている。



参考文献:
Kolodny O, and Feldman MW.(2017): A parsimonious neutral model suggests Neanderthal replacement was determined by migration and random species drift. Nature Communications, 8, 1040.
http://dx.doi.org/10.1038/s41467-017-01043-z

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