クロアチアのネアンデルタール人の高品質なゲノム配列と古代の近親交配

 これは11月16日分の記事として掲載しておきます。ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)では2例目となる高品質のゲノム配列を報告した論文(Prüfer et al., 2017)を、先月(2017年10月)このブログで取り上げました(関連記事)。その後、この論文が『サイエンス』本誌に掲載されたので、以前の記事で触れていなかったことを中心に、より詳しく見ていくことにします。追記で対応しようかとも考えたのですが、人類進化史における近親交配の問題にも触れることにし、やや長くなりそうだったので、新規の記事とします。

 これまで、ネアンデルタール人の高品質なゲノム配列としては、南西シベリアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)で発見された女性個体(デニソワ5)のもの(網羅率50倍)が知られていました(関連記事)。現生人類(Homo sapiens)ではない人類の高品質なゲノム配列としてはこの他に、同じくデニソワ洞窟で発見された種区分未定のデニソワ人(Denisovan)の女性個体(デニソワ3)のもの(網羅率30倍)が知られています。

 クロアチアのヴィンディヤ洞窟(Vindija Cave)遺跡で発見された5万年前頃のネアンデルタール人女性の高品質なゲノム配列(網羅率30倍)は、上述したようにネアンデルタール人の高品質なゲノム配列としては2例目という点でも貴重なのですが、確認されているネアンデルタール人の活動範囲としては東限と言ってもよいだろうデニソワ洞窟の個体にたいして、ずっと西方のネアンデルタール人個体であるという点でも、貴重だと言えるでしょう。ネアンデルタール人の各地域集団間の違いは、形態学(関連記事)でも遺伝学(関連記事)でも以前より指摘されており、東西のネアンデルタール人の高品質なゲノム配列は、地域集団間の違いを詳しく解明するうえで、たいへん重要な手がかりになりそうだからです。

 ヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人標本のうち高品質なゲノム配列が得られたのはヴィンディヤ33.19(Vindija 33.19)で、同じくヴィンディヤ洞窟で発見されたネアンデルタール人標本であるヴィンディヤ33.15(Vindija 33.15)の21番染色体のヘテロ接合部位の99%が「Vindija 33.19」と共有されているので、両者は同一個体のものと推測されています。放射性炭素年代測定法により、ヴィンディヤ33.19の年代は非較正で45500年以上前と推定されています。X染色体の網羅率は常染色体と類似していたので、ヴィンディヤ33.19は女性と推定されました。ヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人標本のうちヴィンディヤ33.19と異なる2点は、ヴィンディヤ33.19と同じミトコンドリアDNA(mtDNA)を有しているので、近い世代で母系祖先を共有しているかもしれません。

 デニソワ洞窟で発見されたネアンデルタール人(デニソワ5)とデニソワ人(デニソワ3)のヘテロ接合性は、アフリカ系現代人の1/5、ユーラシア系現代人の1/3で、現代人よりも人口規模がずっと小さかったことを示唆しています。ヴィンディヤ33.19の常染色体のヘテロ接合性はアルタイ地域ネアンデルタール人(デニソワ5)とほぼ同じで、デニソワ人(デニソワ3)よりわずかに低くなります。このことから、古代型ホモ属において低いヘテロ接合性は特徴的であり、ネアンデルタール人とデニソワ人は、約3000人の有効人口規模の孤立した小規模集団だった、と推定されています。

 低いヘテロ接合性に加えて、東方ネアンデルタール人(デニソワ5)は長いホモ接合性領域の割合が多く、両親が半きょうだい(片方の親のみを同じくするきょうだい)のような近親関係にあったのではないか、と推測されています(関連記事)。ヴィンディヤ33.19ではこのような配列はほぼなく、デニソワ5のような水準の近親交配はネアンデルタール人の間では普遍的ではなかっただろう、と推測されています。しかし、この研究は、ヴィンディヤ33.19のゲノムには、孤立したアメリカ大陸先住民集団並のやや長いホモ接合性領域が見られる、と注意を喚起しています。

 以前は、ネアンデルタール人の高品質なゲノム配列としては東方ネアンデルタール人(デニソワ5)の例しか知られておらず、一方で現生人類社会においては上部旧石器時代の時点で近親交配を回避する配偶行動が見られると解釈できるような事例もあるため、ネアンデルタール人絶滅の一因として近親交配が想定されたこともありました(関連記事)。しかし、少なくとも西方ネアンデルタール人社会において両親が近親ではなかっただろう個体が存在したわけですから、この研究が指摘しているように、近親交配はネアンデルタール人社会の普遍的行動ではなかった可能性もじゅうぶん考えられます。

 近親交配が行なわれる理由としては、人口密度が希薄で、交通手段の未発達やそれとも関連する1世代での活動範囲の狭さなどにより、他集団との接触機会が少なかったことが考えられます。人類にも、近親交配を避けるような認知メカニズムが生得的に備わっている可能性は高いと思うのですが、それはさほど強い抑制ではなく、人類の配偶行動は状況により柔軟に変わるのでしょう。その他に近親交配が行なわれる理由としては、何らかの閉鎖性が考えられます。それは、宗教的だったり社会身分的なものだったりするのでしょうが、高貴性と財産の保持という観点からの、古代エジプトや古代日本の王族の事例がよく該当すると言えそうです。また、更新世よりもずっと人口密度が高く、他地域よりもむしろ移住が活発で、交通手段も発達していたのに、アラブ地域やイランのように、王族のような最上級の階層に限らず、広範に長期にわたって近親婚が推奨されてきた地域もあります(関連記事)。

 デニソワ3(デニソワ人)・デニソワ5(アルタイ地域ネアンデルタール人)・ヴィンディヤ33.19(西方ネアンデルタール人)という3点の古代型ホモ属の高品質なゲノム配列が得られたことにより、現代人と現生類人猿との塩基置換数から、これら古代型ホモ属3個体の年代も推定されました。その結果、ヴィンディヤ33.19は52000年前頃、デニソワ5は122000年前頃、デニソワ3は72000年前頃と推定されました。しかし、これは暫定的な推定だと、この研究は注意を喚起しています。

 ネアンデルタール人系統とデニソワ人系統の分岐年代は44万~39万年前頃、ネアンデルタール人およびデニソワ人の共通祖先系統と現生人類の祖先系統との分岐年代が63万~52万年前頃、西方ネアンデルタール人(ヴィンディヤ33.19)系統と東方ネアンデルタール人(デニソワ5)系統の分岐年代が145000~130000年前頃と推定されています。これらの推定分岐年代は、現生人類系統とネアンデルタール人およびデニソワ人の共通祖先系統との分岐は751690年前頃、ネアンデルタール人系統とデニソワ人系統の分岐年代は744000年前頃という最近の研究の推定年代(関連記事)よりも大きく繰り下がります。ネアンデルタール人的な形態学的特徴と、デニソワ人よりもネアンデルタール人と類似するゲノム配列を有する個体群が遅くとも43万年前頃には出現していたことからも(関連記事)、この研究の推定分岐年代は新しすぎるように思われます。

 これまで、東方ネアンデルタール人(デニソワ5)はデニソワ人やヴィンディヤ洞窟の西方ネアンデルタール人とは異なり、10万年前頃に現生人類と交雑していたのではないか、と推測されていました(関連記事)。しかし、ヴィンディヤ33.19とデニソワ5では、アフリカ系現代人との派生アレルの共有で顕著には異ならないことから、ネアンデルタール人と現生人類との交雑は、西方ネアンデルタール人(ヴィンディヤ33.19)系統と東方ネアンデルタール人(デニソワ5)系統の分岐(145000~130000年前頃)よりも前ではないか、と推測されています。

 ヴィンディヤ33.19と黒海沿岸で発見されたネアンデルタール人標本のメズマイスカヤ1(Mezmaiskaya 1)は、東方ネアンデルタール人(デニソワ5)よりも多くのアレルを非アフリカ系現代人とアレルを共有しており、非アフリカ系現代人におけるネアンデルタール人由来と推定されるゲノム領域の大半は、ヴィンディヤ33.19系統およびメズマイスカヤ1系統から10万~8万年前頃に分岐したネアンデルタール人系統に由来する、と推測されています。オセアニア以外の非アフリカ系現代人のゲノムに占めるネアンデルタール人由来の領域の割合は、以前の1.5~2.1%よりもやや高い1.8~2.6%と推定されました。そのなかでも、東アジア系現代人のゲノムに占めるネアンデルタール人由来の領域は、西ユーラシア系現代人の1.8~2.4%よりもやや高く、2.3~2.6%と推定されています。


参考文献:
Prüfer K. et al.(2017): A high-coverage Neandertal genome from Vindija Cave in Croatia. Science, 358, 6363, 655–658.
http://dx.doi.org/10.1126/science.aao1887

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