ネアンデルタール人の高品質なゲノム配列(追記有)

 これは10月9日分の記事として掲載しておきます。ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の高品質なゲノム配列を報告した研究(Prüfer et al., 2017)が報道されました。『サイエンス』のサイトには解説記事が掲載されています。この研究はオンライン版での先行公開となります。ネアンデルタール人の高品質なゲノム配列としては、南西シベリアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)で発見された女性個体のものが知られています(関連記事)。

 この研究は、クロアチアのヴィンディヤ洞窟(Vindija Cave)遺跡で発見された5万年前頃のネアンデルタール人女性の、網羅率が30倍となるゲノム配列を報告しています。ヴィンディヤのネアンデルタール人のゲノム配列は、現代人やアルタイ地域のネアンデルタール人と比較されました。その結果、ネアンデルタール人同士の比較では、現代人の間よりも違いが少なかったことから、ネアンデルタール人の遺伝的多様性は現代人よりも低く、ネアンデルタール人集団の規模は小さかった、と推測されています。その結果、ネアンデルタール人は疾患・飢餓・気候変化への対応能力が現生人類よりも劣っており、ネアンデルタール人絶滅の要因になったのではないか、とも考えられています。

 非アフリカ系現代人のゲノムにはわずかながらネアンデルタール人のゲノム由来の領域が確認されており、非アフリカ系現代人の祖先集団はネアンデルタール人集団と交雑した、と考えられています。この研究で注目されるのは、アルタイ地域のネアンデルタール人よりもヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人の方が、非アフリカ系現代人の祖先集団と交雑したネアンデルタール人集団に近いだろう、と推測されていることです。非アフリカ系現代人の祖先集団と交雑したのはネアンデルタール人でも西方集団だっただろう、と考えられていたので、この研究の見解は意外ではないのですが、具体的な証拠が得られたのは意義深いと思います。

 このことと関連しますが、アルタイ地域のネアンデルタール人のゲノム配列で確認されていたものに加えて、悪玉コレステロール(LDL cholesterol)値や統合失調症などと関連する、複数のネアンデルタール人由来と考えられる多様体が現代人で確認されました。今後、ネアンデルタール人の高品質なゲノム配列の報告例が増加していけば、ネアンデルタール人由来と推測される現代人の多様体はさらに多くなるのではないか、と予想されます。

 非アフリカ系現代人の各地域集団間におけるネアンデルタール人からの遺伝的影響の違いについては、大きな違いはないものの、東アジアではヨーロッパよりもわずかに高いことが確認されてますが、その理由についてはまだ明確にはなっていません(関連記事)。この研究でも、ネアンデルタール人由来のゲノム領域の割合は、東アジア系では2.3~2.6%、西アジア系とヨーロッパ系では1.8~2.4%となっており、じゅうらいの推定が改めて確認されました。この違いについては、ネアンデルタール人と交雑しなかった「基底部ユーラシア人」の影響を想定する見解も提示されており(関連記事)、今後の研究の進展が期待されます。


参考文献:
Prüfer K. et al.(2017): A high-coverage Neandertal genome from Vindija Cave in Croatia. Science, 358, 6363, 655–658.
http://dx.doi.org/10.1126/science.aao1887


追記(2017年10月7日)
 AFPでも報道されました。アルタイ地域のネアンデルタール人には直近の祖先での近親婚の痕跡が認められたのにたいして、ヴィンディヤのネアンデルタール人ではそれは確認されなかった、とのことです。



追記(2017年10月10日)
 ナショナルジオグラフィックでも報道されました。

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