クロアチアのネアンデルタール人の年代

 これは10月5日分の記事として掲載しておきます。クロアチアのヴィンディヤ洞窟(Vindija Cave)遺跡のネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の年代に関する研究(Devièse et al., 2017)が公表されました。ヴィンディヤ洞窟はネアンデルタール人の遺跡として有名で、ネアンデルタール人のDNAが解析されています(関連記事)。ヴィンディヤ遺跡のネアンデルタール人に関しては、年代が28000年前頃と推定されたこともあり、24000年前頃のイベリア半島南部の事例(関連記事)とともに、ネアンデルタール人が意外と遅くまで生存していたかもしれない(後期絶滅説)、ということで注目されました。

 ネアンデルタール人の後期絶滅説では、上部旧石器時代的な人工物の一部をネアンデルタール人が製作していた可能性が指摘され、ネアンデルタール人の認知能力や、ネアンデルタール人と現生人類(Homo sapiens)との相互作用といった問題も議論されました。もっとも、ネアンデルタール人が絶滅したとはいっても、非アフリカ系現代人はわずかながらネアンデルタール人由来のゲノム領域を継承しているので、形態学的・遺伝学的にネアンデルタール人的な特徴を一括して有する集団は絶滅した、と言うのがより妥当でしょうか。

 しかし、ここ十数年ほど、ヨーロッパの旧石器時代の年代の見直しが続いており(関連記事)、ネアンデルタール人の絶滅年代は繰り上がる傾向にあります(早期絶滅説)。その根拠となるのは、じゅうらいの放射性炭素年代測定法で用いられた試料は汚染の可能性が否定できず、その場合にはじっさいよりも新しい推定年代が得られてしまう、ということです。試料汚染の問題を解決するために前処理として限外濾過が用いられ、汚染の影響を受けにくいコラーゲンが精製され、年代測定されるようになりました。その結果、多くの遺跡で中部旧石器時代末期~上部旧石器時代の年代が見直され、ネアンデルタール人は4万年前頃以降確認されない、との見解が提示されています(関連記事)。

 この研究は、放射性炭素年代測定の精度をさらに高めるために、より効率的に汚染除去の可能な、アミノ酸ヒドロキシプロリンの抽出に基づく加速器質量分析法(AMS法)を用いて、ヴィンディヤ遺跡のネアンデルタール人と人間ではない動物の骨の年代を再測定しています。その結果、アミノ酸ヒドロキシプロリンの抽出に基づく年代測定結果(非較正)が得られたネアンデルタール人標本4点のうち、最も新しい「Vi-208」が42700±1600年前、最も古い「Vi-*28」が46200±1500年前となりました。

 ヴィンディヤ遺跡では、ネアンデルタール人の遺骸が発見された層で、人間ではない動物の遺骸や、上部旧石器的な骨角器(骨製尖頭器)も発見されています。人間ではない動物の骨の年代に関しては、ヒドロキシプロリンの抽出に基づく手法ではありませんが、おおむね非較正で46000年以上前であるのにたいして、骨製尖頭器は29500±400年前となります。動物の骨とネアンデルタール人の年代は整合的ですが、骨製尖頭器とネアンデルタール人の年代は大きく離れています。

 ヴィンディヤ遺跡でネアンデルタール人と共伴した骨角器と類似したものは、ヨーロッパの他地域ではオーリナシアン(Aurignacian)と関連して非較正で34000~32000年前頃に出現することからも、ヴィンディヤ遺跡の骨角器は、ネアンデルタール人と関連し、ネアンデルタール人と現生人類との相互作用を示すというよりは、堆積後の攪乱の結果ではないか、とこの研究は推測しています。ただ、これは決定的な証拠とまでは言えず、もっと多くの研究が必要になる、とも指摘されています。

 この研究は、ヴィンディヤ遺跡のネアンデルタール人は較正年代で44000年前よりもさかのぼり、この地域でネアンデルタール人と現生人類が共存していたのは較正年代で44000年前頃以降~40000年前頃ですから、ヴィンディヤ遺跡のネアンデルタール人は現生人類と接触していなかったのではないか、との見解を提示しています。この研究でもネアンデルタール人早期絶滅説と整合的な見解が提示されましたが、イベリア半島南部などで、4万年前頃以降にネアンデルタール人集団が生存していた可能性もまだじゅうぶん考慮すべきではないか、とも思います。ネアンデルタール人と現生人類との関係はとくに関心の高い分野なので、今後の研究の進展がたいへん楽しみです。


参考文献:
Devièse T. et al.(2017): Direct dating of Neanderthal remains from the site of Vindija Cave and implications for the Middle to Upper Paleolithic transition. PNAS, 114, 40, 10606–10611.
http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1709235114

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