現代西アジア人におけるネアンデルタール人の遺伝的影響

 これは10月30日分の記事として掲載しておきます。現代西アジア人におけるネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の遺伝的影響に関する研究(Taskent et al., 2017)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。ネアンデルタール人と現生人類(Homo sapiens)との交雑は、今ではほぼ定説になっている、と言えるでしょう。しかし、ネアンデルタール人の遺伝的影響は、サハラ砂漠以南の現代アフリカ人ではほとんどなく、それ以外の地域の現代人では地域間の違いは大きくありません。

 そのため、ネアンデルタール人と交雑したのは出アフリカ現生人類集団であり、サハラ砂漠以南の現生人類はネアンデルタール人と交雑しなかった、と考えられています。もっとも、サハラ砂漠以南の現代アフリカ人現代人の多くも、出アフリカ現生人類集団がアフリカに「戻ったり」、イスラーム勢力や近代以降のヨーロッパ勢力がアフリカへ侵出したりして、間接的にわずかながらネアンデルタール人の遺伝的影響を受けていると思われます。

 ただ、ネアンデルタール人の遺伝的影響は非アフリカ系現代人のなかでは大きな違いがないとはいっても、地域間で多少の違いはあります。ユーラシアでは西部よりも東部の方でネアンデルタール人の遺伝的影響が強く、ユーラシア西部でも西アジアは他地域よりもネアンデルタール人の遺伝的影響が弱い、と推定されています。この研究は、トルコからの16人を含む世界各地の現代人のゲノム規模のデータを分析・比較し、ネアンデルタール人の遺伝的影響の多様性と機能的影響を改めて検証しています。

 ネアンデルタール人由来の遺伝子の機能的影響に関しては、以前の諸研究と同じく、免疫や代謝で改めて確認されました。また、セリアック病関連の遺伝子でもネアンデルタール人の影響が確認されています。他地域と比較してのネアンデルタール人の遺伝的影響に関しても、以前の諸研究と同じく、いくつかの例外はあるとしても、西アジアにおいては他地域よりもネアンデルタール人の遺伝的影響が平均的に弱い、と改めて確認されました。これに関しては、非アフリカ系現代人の祖先集団は西アジアから世界各地に拡散したので、その過程でネアンデルタール人と再度交雑した可能性も指摘されています(関連記事)。

 この研究は、アフリカ以外の地域間の比較で、西アジアにおいてネアンデルタール人の遺伝的影響が他地域よりも弱い理由として、ネアンデルタール人の遺伝的影響が皆無かきわめて弱いアフリカの現生人類集団の影響が続いた可能性を提示しています。またこの研究は、まだ化石の確認されていない仮定的存在である、ネアンデルタール人の遺伝的影響が皆無かきわめて弱い「基底部ユーラシア人」系統の遺伝的影響を、現代西アジア人の祖先集団が受けた可能性も指摘しています。「基底部ユーラシア人」は出アフリカ後の現生人類集団で最初に分岐した系統で、もう一方の系統はその後に現代につながる各地域集団に分岐していき、西アジアの初期農耕民のゲノムにおいて「基底部ユーラシア人」系統由来の領域が5割に達する、とも想定されています(関連記事)。

 このように、現代西アジア人集団におけるネアンデルタール人の遺伝的影響は複雑で、それは他地域も同様なのだと思います。ヨーロッパ系現代人は東アジア系現代人よりもネアンデルタール人の遺伝的影響が弱いと推測されていますが、これも「基底部ユーラシア人」系統の遺伝的影響による可能性が考えられます。また、アルタイ地域までネアンデルタール人が進出していたことから、ユーラシア東部の現代人集団がユーラシア東部でネアンデルタール人と再度交雑した可能性は低くないでしょう。ただ、この研究は、現在利用可能なゲノムデータは現代西アジア人集団の遺伝的多様性をじゅうぶんには反映していないかもしれない、とも注意を喚起しています。


参考文献:
Taskent RO. et al.(2017): Variation and functional impact of Neanderthal ancestry in Western Asia. Genome Biology and Evolution, 9, 12, 3516–3524.
https://doi.org/10.1093/gbe/evx216

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック