古代ゲノム解析による人類の適応の研究

 これは10月26日分の記事として掲載しておきます。近年における古代ゲノム解析による人類の適応の研究の進展を概観した総説(Marciniak, and Perry., 2017)が公表されました。この総説は、近年の古代人のゲノム解析結果について、参考文献が多数挙げられているとともに、年代・地域ごとにもまとめられており、たいへん有益だと思います。図表を見ると明らかなのですが、古代人のゲノム研究の密度が最も高いのはやはりヨーロッパで、他地域を圧倒しています。気温・湿度などの点で、人類遺骸が残りやすく古代DNA解析に適した自然環境という側面もありますが、今でもヨーロッパがアメリカ合衆国とともに学術研究の中心地であり、相対的な比較で高い経済水準・自由な政治体制・良好な治安が保たれているという、社会的環境の側面も多分にあるでしょう。古代ゲノム研究の今後の課題として、この地域的偏りが指摘されています。

 図表を見ると、近年になって古代人のゲノム解析が激増している、とよく分かります。それだけ解析技術の発展が目覚ましいわけですが、やはり現生人類ではない古代型ホモ属のゲノム解析数は、蓄積されてはいるものの、劇的に増加しているとは言えません。古代人のゲノム解析とはいっても、現生人類の場合は完新世の遺骸も含むのにたいして、古代型ホモ属は4万年前頃以降の存在がまだ確定していないので、仕方のないところでしょう。むしろ、4万年前頃以前の人類遺骸では、現生人類よりもネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のデニソワ人(Denisovan)など古代型ホモ属のゲノム解析例の方が多いくらいです。これは、現生人類がヨーロッパのような比較的寒冷な地域にまで進出して人口を増大させたのが、起源地のアフリカはもちろんのこと、おそらくは南アジア・東南アジア・オセアニアよりも遅く、そうした地域では古代ゲノムの保存・解析に適さないことも大きいのでしょう。

 人類の適応の歴史は、現代人のゲノム解析でも調べることはできますが、古代人のゲノム解析により、さらに精密に検証できます。新たな環境への適応としては、ビタミンDの生成とも関連する高緯度地帯での肌の色の変化や、低酸素の高地でのヘモグロビン濃度の変化などがあります。人為的要素の強い新たな環境としては農耕や牧畜の開始があり、乳糖耐性遺伝子やデンプンを消化するアミラーゼ関連の遺伝子などが具体例です。免疫遺伝子のなかにも、新たな環境への適応と関連したものは少なくない、と考えられています。こうした適応の基盤となる遺伝的変異がいつ生じたかは、古代人のゲノム解析によりもっと精密に検証できるようになります。

 こうした遺伝的変異のなかには、現生人類系統で生じたものも多く、乳糖耐性遺伝子の多様体のように、おそらくは現生人類系統で複数回生じたものもあると思われます。しかし、ネアンデルタール人や種区分未定のデニソワ人といった、古代型ホモ属との交雑により現生人類が獲得した遺伝的変異も少なからず報告されています。たとえば、免疫関連の遺伝的多様体や、肌の色関連の遺伝的多様体や、高緯度地帯に適応的な遺伝的多様体です。また、家畜や栽培植物の古代ゲノム解析も進んでおり、農耕や牧畜の歴史もより詳しく検証されるようになりつつあることも指摘されています。


参考文献:
Marciniak S, and Perry GH.(2017): Harnessing ancient genomes to study the history of human adaptation. Nature Reviews Genetics, 18, 11, 659–674.
http://dx.doi.org/10.1038/nrg.2017.65

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