上部旧石器時代の配偶システム

 これは10月10日分の記事として掲載しておきます。上部旧石器時代の配偶システムに関する研究(Sikora et al., 2017)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。現代の狩猟採集民は25人程度の小集団で暮らし、より広範な社会的ネットワークとつながって配偶相手を求め、近親婚は回避される傾向にあります。このような社会行動が狩猟採集民集団でいつ進化したのか、まだ不明です。この研究は、装飾品など豪華な副葬品で知られるロシアのスンギール(Sunghir)遺跡で発見された、34000年前頃の埋葬された9人のうち4人の人類遺骸のゲノムを解析し、この問題を検証しています。スンギール遺跡で発見された4人は同時代人で、一緒に埋葬されたと考えられています。スンギール遺跡の副葬品は象徴的で複雑であり、時間がかけられていることから、規範・儀式の発展を示しているのではないか、とも指摘されています。

 ゲノム解析の結果、同じ墓において頭合わせで埋葬されている2人の子供も含めて、スンギール遺跡の4人は遺伝的に密接な関係にはなく、どんなに近くてもまたいとこ程度だ、と明らかになりました。スンギール遺跡の上部旧石器時代の住民は小集団を形成していたと考えられており、ランダムな配偶行動ではもっと近親婚の痕跡が確認されるはずなのにそうではないのは、スンギール遺跡の住民が近親婚回避の重要性を理解し、より大きな婚姻ネットワークの一部に組み込まれていたからではないか、とこの研究は推測しています。また、そうした広範なネットワークでの配偶行動では、装飾品など集団に特有の象徴的人工物が自己と他者を区別し、回避すべき配偶相手を特定しやすくするとともに、現代の婚姻儀式とも共通するような行動が発達していったのではないか、とも指摘されています。

 人間ではない霊長類のほとんどでは、一方の性が出生集団にとどまる一方で、もう一方の性が他集団へと移住していきます。人類社会はある時点で、小集団内でも近親同士である人数を少なくするような配偶システムへと変わったのではないか、と推測されています。この研究は、現生人類系統において近親婚を回避する社会行動が発達した一方で、5万年前頃のアルタイ地域のネアンデルタール人に近親婚の痕跡が確認されたことから(関連記事)、配偶システムの違いが現生人類の繁栄と他系統の人類の絶滅の一因になった可能性を指摘しています。この研究は、ネアンデルタール人の近親婚の理由は不明で、孤立していたので唯一の選択肢だったのかもしれないものの、おそらくは利用可能なネットワークの発展に失敗したのではないか、とも指摘しています。

 ただ、この研究は、こうした見解の検証にはもっと多くの古代人のゲノム解析が必要になる、とも指摘しています。じっさい、アルタイ地域の東方ネアンデルタール人とは異なり、西方ネアンデルタール人には近親婚の痕跡が確認されませんでした(関連記事)。また、種区分未定のデニソワ人(Denisovan)についても、近親婚の痕跡が確認されていません(関連記事)。後期更新世以降の現生人類でも、何らかの理由で孤立した集団において近親婚の頻度が高くなったことはおそらく珍しくないでしょうし、孤立していたわけではなくても、歴史的に近親婚志向の高い地域も存在します(関連記事)。近親婚という観点で現生人類と他系統の人類との間に大きな違いがあり、それが前者の繁栄と後者の絶滅の一因になったのか、まだ確定的とは言えず、もっと多くの証拠が必要となるでしょう。


参考文献:
Sikora M. et al.(2017): Ancient genomes show social and reproductive behavior of early Upper Paleolithic foragers. Science, 358, 6363, 659–662.
http://dx.doi.org/10.1126/science.aao1807

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