澁谷由里『<軍>の中国史』

 これは9月3日分の記事として掲載しておきます。講談社現代新書の一冊として、講談社から2017年1月に刊行されました。本書は軍事的観点からの中国通史です。古代・中世(唐代まで)と近世(宋~18世紀末まで)にも1章ずつ、近代以降に3章割かれています。現代中国社会では、前近代と近代との境目としてアヘン戦争が特筆されているようですが、本書では太平天国の乱が重視されており、さらにその前史として、18世紀末の白蓮教徒の乱が取り上げられています。

 本書は、このように周代からの軍事史を概観することで、現代中国における軍と政治・社会との関係を浮き彫りにし、現代中国社会への理解の一助にしよう、との意図で執筆されているように思います。本書の大きな見通しは、古代に成立した「兵農一致」は重い財政負担となり、中央政府直轄軍を削減しようとすると、今度は中央政府の権力が弱体化して不安定化するので、中世以降には「兵農分離」が志向され、生活手段としての軍事集団が成立したものの、それは自立的存在であるべき軍隊の横暴(自活しなければならないため)や、その反応としての中国社会における兵士への蔑視を招来し、そうした構造的問題は近現代にいたるまで続いている、というものです。

 「国軍」が存在しない現代の中華人民共和国の特徴を、国共内戦期や太平天国の乱までではなく、周代にまでさかのぼって通史的に解明しようとする意欲的な一冊になっていると思います。それだけに、著者の専門ではなさそうな前近代の解説に関しては、専門家からすると異論も少なからずあるかもしれません。門外漢の私には、本書を的確に評価するのは難しいのですが、隋の煬帝が父である文帝を殺害して即位した、と断定的に書かれているのを読むと、前近代の解説に関してはやや不安の残るところです。まあ私が知らないだけで、最近では、煬帝が文帝を殺したのはほぼ確定したと認められているのかもしれませんが。

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