現生人類とさほど変わらないネアンデルタール人の成長速度
これは9月23日分の記事として掲載しておきます。ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の成長速度に関する研究(Rosas et al., 2017)が報道されました。AFPやナショナルジオグラフィックでも報道されています。『サイエンス』のサイトには解説記事が掲載されています。ネアンデルタール人の成長速度に関しては、おもに歯を対象に分析が進められてきました。現生人類(Homo sapiens)との比較では、ネアンデルタール人と現生人類とで成長速度に違いはない、との見解も提示されていますが(関連記事)、ネアンデルタール人の方が現生人類よりも速かった、との見解の方が多いように思われます(関連記事)。
現生人類アフリカ単一起源説でも完全置換説が優勢だった頃(西暦1997~2010年頃)には、ネアンデルタール人と現生人類との違いを強調する見解が多く、ネアンデルタール人と現生人類との交雑が有力説として認められている今でも、ネアンデルタール人絶滅の理由を説明しやすいためか、そうした見解は珍しくないように思います。ネアンデルタール人と現生人類との成長速度の違いに関しては、学習期間の長さに違いを生じ(ネアンデルタール人の方が短いと推定されています)、学習能力・学習行動に差が生じた、との見解も提示されています(関連記事)。
この研究は、歯以外も対象として、ネアンデルタール人と現生人類の成長速度を検証しています。この研究が分析に用いたネアンデルタール人個体は、スペイン北部のエルシドロン(El Sidrón)遺跡で発見された子供の遺骸(El Sidrón J1)です。この子供(以下、ESJ1と省略)に関して以前の研究では、遺伝学的にも形態学的にも性別不明とされており、母親と弟か妹と思われる個体が確認されています(関連記事)。以前の研究では、エルシドロン遺跡のネアンデルタール人集団における夫居制的婚姻行動の可能性が指摘されています。
ESJ1は、ほぼ完全な第一大臼歯の成長線から、死亡時には学童期(juvenile、6~7歳から12~13歳頃)で、年齢は7.69(7.61~7.78)歳と推定されています。上述したように、以前の研究ではESJ1の性別は不明でしたが、この研究では、犬歯の大きさと骨の頑丈さから男性と推定されています。ESJ1の身長は111cm、体重は26kg、脳容量は1330㎤と推定されています。また、ESJ1は右利きと推定されており、ネアンデルタール人の成人個体と同じく、歯で皮や植物繊維を処理していた痕跡が確認されました。ESJ1の歯には、栄養失調もしくは疾患に起因すると思われる2~3歳時の歯のエナメル質形成不全が見られますが、その他の疾患の痕跡は確認されておらず、死因は不明です。ESJ1の一部の骨には解体痕(cut marks)が見られるので、食人の可能性が指摘されています。
ESJ1の成長速度の分析で対象となったのは、歯・頭蓋・脊柱・肘・手・手首・膝の成熟度です。これらが同年代の現代人の子供と比較されました。その結果、ESJ1の成熟度は同年代の現代人の子供の変異内におおむね収まりました。ESJ1と現代人の子供の成長速度はさほど変わらない、というわけです。ただ、両者には違いも見られました。一つは、脊椎の融合です。全ヒト科では第1頚椎と胸中部脊椎骨の軟骨接合部が最後に融合しますが、ESJ1においては、現代人の5~6歳段階に留まっていました。
もう一つの違いは脳の成長速度です。ESJ1の推定脳容量1330㎤は、ネアンデルタール人の成人個体の平均値(1520㎤)の約87.5%となります。一方、現代人の脳容量は5歳で成人の約90%、7歳で成人の約95%に成長しているので、ネアンデルタール人の脳の成長速度は現生人類よりも遅いかもしれません。大きな脳の発達にはより多くのエネルギーが必要であり、体細胞の成長を制約します。現代人の成長パターンは、巨大化した脳に制約されていると考えられていますが、ネアンデルタール人においても同様の傾向が見られるのではないか、というわけです。
上述したように、これまで、ネアンデルタール人の成長速度は現生人類よりも速いとの見解が有力で、それがネアンデルタール人と現生人類との能力の違いを生じさせた、との見解も提示されていただけに、ネアンデルタール人の脳の成長が現生人類よりも遅いかもしれない、との見解は意外でした。ESJ1と現代人の一部の成長速度の違いに関しては、何か根本的な違いというよりは、生理機能と個体発生的エネルギーの制約を反映しているのではないか、とも指摘されていますが、はっきりとはしません。
ただ、この研究に疑問を呈する研究者もいます。歯からの推定年齢は正しいのか、脳容量の成人比にしても、当然のことながらネアンデルタール人の脳容量にも個体差があるので、ESJ1の成人段階での脳容量は平均値より低かったかもしれない、といった疑問です。これらの疑問はもっともなものであり、ネアンデルタール人の成長速度が現生人類と比較してどの程度違うのか、現時点では不明と言うべきでしょう。今後の研究の進展が大いに期待されます。
参考文献:
Rosas A. et al.(2017): The growth pattern of Neandertals, reconstructed from a juvenile skeleton from El Sidrón (Spain). Science, 357, 6357, 1282-1287.
http://dx.doi.org/10.1126/science.aan6463
現生人類アフリカ単一起源説でも完全置換説が優勢だった頃(西暦1997~2010年頃)には、ネアンデルタール人と現生人類との違いを強調する見解が多く、ネアンデルタール人と現生人類との交雑が有力説として認められている今でも、ネアンデルタール人絶滅の理由を説明しやすいためか、そうした見解は珍しくないように思います。ネアンデルタール人と現生人類との成長速度の違いに関しては、学習期間の長さに違いを生じ(ネアンデルタール人の方が短いと推定されています)、学習能力・学習行動に差が生じた、との見解も提示されています(関連記事)。
この研究は、歯以外も対象として、ネアンデルタール人と現生人類の成長速度を検証しています。この研究が分析に用いたネアンデルタール人個体は、スペイン北部のエルシドロン(El Sidrón)遺跡で発見された子供の遺骸(El Sidrón J1)です。この子供(以下、ESJ1と省略)に関して以前の研究では、遺伝学的にも形態学的にも性別不明とされており、母親と弟か妹と思われる個体が確認されています(関連記事)。以前の研究では、エルシドロン遺跡のネアンデルタール人集団における夫居制的婚姻行動の可能性が指摘されています。
ESJ1は、ほぼ完全な第一大臼歯の成長線から、死亡時には学童期(juvenile、6~7歳から12~13歳頃)で、年齢は7.69(7.61~7.78)歳と推定されています。上述したように、以前の研究ではESJ1の性別は不明でしたが、この研究では、犬歯の大きさと骨の頑丈さから男性と推定されています。ESJ1の身長は111cm、体重は26kg、脳容量は1330㎤と推定されています。また、ESJ1は右利きと推定されており、ネアンデルタール人の成人個体と同じく、歯で皮や植物繊維を処理していた痕跡が確認されました。ESJ1の歯には、栄養失調もしくは疾患に起因すると思われる2~3歳時の歯のエナメル質形成不全が見られますが、その他の疾患の痕跡は確認されておらず、死因は不明です。ESJ1の一部の骨には解体痕(cut marks)が見られるので、食人の可能性が指摘されています。
ESJ1の成長速度の分析で対象となったのは、歯・頭蓋・脊柱・肘・手・手首・膝の成熟度です。これらが同年代の現代人の子供と比較されました。その結果、ESJ1の成熟度は同年代の現代人の子供の変異内におおむね収まりました。ESJ1と現代人の子供の成長速度はさほど変わらない、というわけです。ただ、両者には違いも見られました。一つは、脊椎の融合です。全ヒト科では第1頚椎と胸中部脊椎骨の軟骨接合部が最後に融合しますが、ESJ1においては、現代人の5~6歳段階に留まっていました。
もう一つの違いは脳の成長速度です。ESJ1の推定脳容量1330㎤は、ネアンデルタール人の成人個体の平均値(1520㎤)の約87.5%となります。一方、現代人の脳容量は5歳で成人の約90%、7歳で成人の約95%に成長しているので、ネアンデルタール人の脳の成長速度は現生人類よりも遅いかもしれません。大きな脳の発達にはより多くのエネルギーが必要であり、体細胞の成長を制約します。現代人の成長パターンは、巨大化した脳に制約されていると考えられていますが、ネアンデルタール人においても同様の傾向が見られるのではないか、というわけです。
上述したように、これまで、ネアンデルタール人の成長速度は現生人類よりも速いとの見解が有力で、それがネアンデルタール人と現生人類との能力の違いを生じさせた、との見解も提示されていただけに、ネアンデルタール人の脳の成長が現生人類よりも遅いかもしれない、との見解は意外でした。ESJ1と現代人の一部の成長速度の違いに関しては、何か根本的な違いというよりは、生理機能と個体発生的エネルギーの制約を反映しているのではないか、とも指摘されていますが、はっきりとはしません。
ただ、この研究に疑問を呈する研究者もいます。歯からの推定年齢は正しいのか、脳容量の成人比にしても、当然のことながらネアンデルタール人の脳容量にも個体差があるので、ESJ1の成人段階での脳容量は平均値より低かったかもしれない、といった疑問です。これらの疑問はもっともなものであり、ネアンデルタール人の成長速度が現生人類と比較してどの程度違うのか、現時点では不明と言うべきでしょう。今後の研究の進展が大いに期待されます。
参考文献:
Rosas A. et al.(2017): The growth pattern of Neandertals, reconstructed from a juvenile skeleton from El Sidrón (Spain). Science, 357, 6357, 1282-1287.
http://dx.doi.org/10.1126/science.aan6463
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