東ティモールの後期更新世の石器とリアンブア洞窟の更新世の石器の類似性
これは8月22日分の記事として掲載しておきます。取り上げるのが遅れましたが、東ティモールのジェリマライ(Jerimalai)遺跡の後期更新世の石器群に関する研究(Marwick et al., 2016)が公表されました。ジェリマライ遺跡では、1万個近い石器・骨製の尖頭器・貝製釣針・貝製ビーズなどが発見されています。ジェリマライ遺跡の年代は、放射性炭素年代測定法により、較正年代で42000年前頃~完新世となる5000年前頃まで確認されています。
東南アジア島嶼部の石器群の変遷で指摘されているのが、更新世~完新世にかけての技術的連続性です(関連記事)。インドネシア領フローレス島(関連記事)においても、同様の事象が確認されています。ジェリマライ遺跡でも、42000年前頃~中期完新世にかけて、石器技術の連続性が指摘されています。ジェリマライ遺跡の石器群で見られる、礫器よりも燵岩(チャート)石核が優越するなどといった特徴は東南アジア大陸部と対照的で、東南アジア島嶼部の他の遺跡群と共通しています。
ジェリマライ遺跡の石器群では材料として黒曜石も用いられており、産地は未確定ですが、地元産であるとは確認されていないことから、交易によりもたらされた可能性が提示されています。遠洋漁業や交易の可能性や貝製の釣針・ビーズなどが確認されていることから、ジェリマライ遺跡の石器群の担い手は現生人類(Homo sapiens)である可能性が高い、と言えそうです。スマトラ島(関連記事)でもオーストラリア大陸(関連記事)で、6万年前頃に現生人類が進出していた可能性が提示されているので、42000年前頃に東ティモールに現生人類が存在していたとしても、まったく不思議ではないでしょう。なお、更新世の寒冷期には、オーストラリア大陸はニューギニア島やタスマニア島とも陸続きとなり、サフルランドを形成していました。
上述したように、ジェリマライ遺跡では42000年前頃~中期完新世にかけて石器技術の連続性が確認されていますが、石の廃棄率と材料の選択には重要な変化が見られる、と指摘されています。廃棄率は、最終最大氷期(LGM)開始直前にはたいへん低く、材料が多様になった中期完新世には増加していきます。この研究は、最終最大氷期前における廃棄率の低さを効率性の重視と評価しています。東南アジア島嶼部の他の多くの遺跡でも、後期更新世~完新世にかけての、わずかな変化のみを伴う安定した石器技術が確認されています。
こうした長期にわたる石器技術の安定性については、道具の素材が関わっているかもしれません。ジェリマライ遺跡では精巧な貝製釣針が発見されていますが、これは、材料として有機物が容易に入手でき、それが石と類似した性能特性を有していたからではないか、と指摘されています。技術革新を反映した人工物は石よりも有機物で容易に製作できるため、石器技術は長期にわたって変化しなかったのではないか、というわけです。また、東南アジア島嶼部では、有機物を材料とする人工物が、熱帯性気候のために残りにくかった可能性が指摘されています。東南アジアでは象徴的思考の指標となるような更新世の人工物がヨーロッパと比較して少ないのですが、その要因は人工物の素材にあるのかもしれません。
この研究は、ジェリマライ遺跡の石器の単純な石器群について、フローレス島中央のソア盆地のマタメンゲ(Mata Menge)遺跡の前期~中期更新世の石器群や、さらにオルドワン(Olduwan)石器群までさかのぼって共通性があると言えるかもしれない、と指摘しています。しかしこの研究は、ジェリマライ遺跡の石器群には東南アジア島嶼部に特有の技術的特徴も見られ、ジェリマライ遺跡とフローレス島のリアンブア(Liang Bua)洞窟遺跡において、材料・使用・廃棄の点で共通性が見られる、とも指摘しています。
リアンブア洞窟遺跡の5万年前よりもさかのぼる人類遺骸群は、ホモ属の新種フロレシエンシス(Homo floresiensis)とされており、現時点ではこれがフロレシエンシスの下限年代となります(関連記事)。マタメンゲ遺跡では70万年前頃の人類化石が発見されており、フロレシエンシスの祖先系統(もしくはフロレシエンシスの祖先系統ときわめて近縁な系統)とされており、マタメンゲ遺跡の石器群についても、フロレシエンシスの所産とされるリアンブア洞窟遺跡の石器群との類似性が指摘されています(関連記事)。
しかしこの研究は、リアンブア洞窟遺跡とジェリマライ遺跡の石器群には、再加工された有茎という類似性が見られるのにたいして、マタメンゲ遺跡の石器群で指摘されている有茎は類型学的にはそれらと同等ではなく、偶然の産物だろう、との見解を提示しています。このように、リアンブア洞窟遺跡とジェリマライ遺跡の石器群の類似性を指摘するこの研究は、ジェリマライ遺跡とリアンブア洞窟遺跡の石器群が現生人類によって製作されたか、現生人類の影響を受けて製作された可能性を提示しています。
この研究はたいへん興味深く、フロレシエンシスと現生人類との接触の可能性は改めて検証されるべきだと思います。上述したように、現時点ではフロレシエンシスの下限年代は5万年前頃で、オーストラリア大陸やスマトラ島には6万年以上前に現生人類が到達していた可能性が指摘されていますから、現生人類とフロレシエンシスとの接触の可能性はじゅうぶん考えられます。フロレシエンシスが現生人類と接触して現生人類製作の石器を入手したか、現生人類製作の石器を模倣して自ら製作した可能性も想定されます。また、フロレシエンシスの絶滅と現生人類との関わりという問題も注目されます。
参考文献:
Marwick B. et al.(2016): Early modern human lithic technology from Jerimalai, East Timor. Journal of Human Evolution, 101, 45–64.
https://doi.org/10.1016/j.jhevol.2016.09.004
東南アジア島嶼部の石器群の変遷で指摘されているのが、更新世~完新世にかけての技術的連続性です(関連記事)。インドネシア領フローレス島(関連記事)においても、同様の事象が確認されています。ジェリマライ遺跡でも、42000年前頃~中期完新世にかけて、石器技術の連続性が指摘されています。ジェリマライ遺跡の石器群で見られる、礫器よりも燵岩(チャート)石核が優越するなどといった特徴は東南アジア大陸部と対照的で、東南アジア島嶼部の他の遺跡群と共通しています。
ジェリマライ遺跡の石器群では材料として黒曜石も用いられており、産地は未確定ですが、地元産であるとは確認されていないことから、交易によりもたらされた可能性が提示されています。遠洋漁業や交易の可能性や貝製の釣針・ビーズなどが確認されていることから、ジェリマライ遺跡の石器群の担い手は現生人類(Homo sapiens)である可能性が高い、と言えそうです。スマトラ島(関連記事)でもオーストラリア大陸(関連記事)で、6万年前頃に現生人類が進出していた可能性が提示されているので、42000年前頃に東ティモールに現生人類が存在していたとしても、まったく不思議ではないでしょう。なお、更新世の寒冷期には、オーストラリア大陸はニューギニア島やタスマニア島とも陸続きとなり、サフルランドを形成していました。
上述したように、ジェリマライ遺跡では42000年前頃~中期完新世にかけて石器技術の連続性が確認されていますが、石の廃棄率と材料の選択には重要な変化が見られる、と指摘されています。廃棄率は、最終最大氷期(LGM)開始直前にはたいへん低く、材料が多様になった中期完新世には増加していきます。この研究は、最終最大氷期前における廃棄率の低さを効率性の重視と評価しています。東南アジア島嶼部の他の多くの遺跡でも、後期更新世~完新世にかけての、わずかな変化のみを伴う安定した石器技術が確認されています。
こうした長期にわたる石器技術の安定性については、道具の素材が関わっているかもしれません。ジェリマライ遺跡では精巧な貝製釣針が発見されていますが、これは、材料として有機物が容易に入手でき、それが石と類似した性能特性を有していたからではないか、と指摘されています。技術革新を反映した人工物は石よりも有機物で容易に製作できるため、石器技術は長期にわたって変化しなかったのではないか、というわけです。また、東南アジア島嶼部では、有機物を材料とする人工物が、熱帯性気候のために残りにくかった可能性が指摘されています。東南アジアでは象徴的思考の指標となるような更新世の人工物がヨーロッパと比較して少ないのですが、その要因は人工物の素材にあるのかもしれません。
この研究は、ジェリマライ遺跡の石器の単純な石器群について、フローレス島中央のソア盆地のマタメンゲ(Mata Menge)遺跡の前期~中期更新世の石器群や、さらにオルドワン(Olduwan)石器群までさかのぼって共通性があると言えるかもしれない、と指摘しています。しかしこの研究は、ジェリマライ遺跡の石器群には東南アジア島嶼部に特有の技術的特徴も見られ、ジェリマライ遺跡とフローレス島のリアンブア(Liang Bua)洞窟遺跡において、材料・使用・廃棄の点で共通性が見られる、とも指摘しています。
リアンブア洞窟遺跡の5万年前よりもさかのぼる人類遺骸群は、ホモ属の新種フロレシエンシス(Homo floresiensis)とされており、現時点ではこれがフロレシエンシスの下限年代となります(関連記事)。マタメンゲ遺跡では70万年前頃の人類化石が発見されており、フロレシエンシスの祖先系統(もしくはフロレシエンシスの祖先系統ときわめて近縁な系統)とされており、マタメンゲ遺跡の石器群についても、フロレシエンシスの所産とされるリアンブア洞窟遺跡の石器群との類似性が指摘されています(関連記事)。
しかしこの研究は、リアンブア洞窟遺跡とジェリマライ遺跡の石器群には、再加工された有茎という類似性が見られるのにたいして、マタメンゲ遺跡の石器群で指摘されている有茎は類型学的にはそれらと同等ではなく、偶然の産物だろう、との見解を提示しています。このように、リアンブア洞窟遺跡とジェリマライ遺跡の石器群の類似性を指摘するこの研究は、ジェリマライ遺跡とリアンブア洞窟遺跡の石器群が現生人類によって製作されたか、現生人類の影響を受けて製作された可能性を提示しています。
この研究はたいへん興味深く、フロレシエンシスと現生人類との接触の可能性は改めて検証されるべきだと思います。上述したように、現時点ではフロレシエンシスの下限年代は5万年前頃で、オーストラリア大陸やスマトラ島には6万年以上前に現生人類が到達していた可能性が指摘されていますから、現生人類とフロレシエンシスとの接触の可能性はじゅうぶん考えられます。フロレシエンシスが現生人類と接触して現生人類製作の石器を入手したか、現生人類製作の石器を模倣して自ら製作した可能性も想定されます。また、フロレシエンシスの絶滅と現生人類との関わりという問題も注目されます。
参考文献:
Marwick B. et al.(2016): Early modern human lithic technology from Jerimalai, East Timor. Journal of Human Evolution, 101, 45–64.
https://doi.org/10.1016/j.jhevol.2016.09.004
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