ジェームズ=ロリンズ『イヴの迷宮』上・下

 これは7月9日分の記事として掲載しておきます。ジェームズ=ロリンズ(James Rollins)著、桑田健訳で、シグマフォースシリーズの一冊として竹書房より2017年7月に刊行されました。シグマフォースシリーズは本書で邦訳が11冊目となる小説で、外伝も邦訳が刊行されており、日本でも根強い人気があるようです。シグマフォースシリーズをこのブログで取り上げるのは初めてですが、外伝も含めてシリーズの邦訳は全巻読んできましたし、何よりも、本書は人類の知能の進化とネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)とを絡めて話が進むということで、とくに楽しみにしていました。

 シグマフォースシリーズは最先端の科学研究と歴史的事実とを組み合わせた創作で、自己中心的で破壊的で残忍な実業家や軍人や研究者などの強大な敵・騙し合いや駆け引きや裏切り・危機の連続のアクションシーンという、ある意味で雛型の使いまわし的なところが多分にありますが、毎回題材が異なり、新たな人物が登場するので、楽しめています。本書では中国の軍人が敵役として登場し、ハリウッドでは中国の資金力に配慮して中国に批判的な映画を制作しにくくなっている、とも言われるなか、小説ではまだ中国の圧力がそこまで強くないのかもしれません。本書の主題は人類の知能の進化で、ネアンデルタール人と人類進化が重要な役割を担うということで、シリーズのなかで最も楽しめました。

 本書は人類史における「大躍進」が5万年前頃に起きた、との見解を前提として、話が展開します。本書はその大躍進の要因を、ネアンデルタール人と現生人類(Homo sapiens)との交雑としています。ネアンデルタール人と現生人類の交雑の第一世代は雑種強勢により優れた知能を有しており、そうした少数の人類の存在が文化を飛躍的に発展させた、というわけです。大躍進説(創造の爆発説、神経学仮説)に関しては、このブログでずっと疑問を呈してきましたが(関連記事)、今でも根強い支持が(一部?で)あるようなので、創作に取り入れるのに問題はないと思います。ネアンデルタール人と現生人類との交雑による知能の向上については、現時点ではその否定を示唆する研究が多いように思うのですが(関連記事 )、未解明なところが多いことも否定できないので、取り入れたのは創作として失敗ではなかったと思います。本書が前提とした人類進化に関する見解には同意できないところも少なくなかったのですが、本書からは人類進化についてよく調べられていることが窺え、それが本書を楽しめた一因になっています。

 本書はさらに、アトランティスとも絡めて話を展開させており、ここも私好みの設定でした。ネアンデルタール人とアトランティスを絡めた話ということで、『イリヤッド』を強く意識しましたが、本書の設定を「穏やかにした形」で、『イリヤッド』でも人類の禁忌(関連記事)について詳しく語られていたらなあ、とも思います。まあ、『イリヤッド』連載中(2002~2007年)は、ネアンデルタール人と現生人類との交雑の確証が得られていなかったというか、否定する見解が有力だったので、仕方のないところではありますが。月の秘密まで示唆したところは、さすがに付いていけませんでしたが、謎解き要素はたいへん面白く、本シリーズ恒例となる危機の連続のアクションシーンも含めて、全体的にはひじょうに楽しめました。

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