長谷川眞理子「ヒトの進化と現代社会」

 これは7月18日分の記事として掲載しておきます。『現代思想』2017年6月号の特集「変貌する人類史」に掲載された論文です。本論文は、ヒトが生物である以上、進化史を知らずに社会の制度設計を企図しても上手くいかないかもしれない、と指摘しています。人間は(教育も含む)社会によっていかようにも変わり得る、との観念は今でも根強いというか、とくに意識されることもなく(もちろん私も含めて)多くの人々を束縛しているようにも思われるので、本論文の指摘はたいへん重要だと思います。

 本論文は、一般向けの解説であることを強く意識してか、なぜ現代人は塩分や脂肪分や糖分の過多の食習慣に陥りやすいのか、といった多くの現代人にとって身近な問題を取り上げ、社会の制度設計において進化史の理解が重要であることを上手く説明できていると思います。塩分や脂肪分や糖分はヒトの生存に欠かせず、進化史のほとんどの期間において容易に入手できるものではなかったので、それらを美味いと感じられる回路が形成され、そのことが「飽食の時代」において過剰摂取の問題をもたらしている、というわけです。

 本論文は、待機児童といった現代人にとって身近な問題からも、進化史の理解の重要性を強調しています。繁殖について、ヒトも含む哺乳類では雄と雌の繁殖コストが大きく異なることから、雄と雌の繁殖戦略にもかなりの違いが生じ、多くの種では雄が子育てに関わらず、雄と雌の形態が大きく異なっている(性的二型)、と指摘しています。しかし本論文は、少数の哺乳類では雄も子育てに関わり(共同繁殖)、雄と雌の形態の違いは大きくない、と指摘します。ヒトも共同繁殖の哺乳類であり、母親一人での子育ては無理なので、共同繁殖を前提として制度を設計すべきだ、と本論文は提言しています。専業主婦という歴史上稀有な存在を前提とするような制度設計には無理がある、というわけです。碩学の解説だけに、短いとはいえ重要な提言になっていると思います。


参考文献:
長谷川眞理子(2017)「ヒトの進化と現代社会」『現代思想』第45巻12号P58-65(青土社)

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