古代エジプト人のDNA解析
これは6月2日分の記事として掲載しておきます。古代エジプト人のDNA解析結果を報告した研究(Schuenemann et al., 2017)が報道されました。この研究は、古代エジプト人のDNAを解析し、古代の西アジアやヨーロッパの住民およびエジプトも含む現代の各地域の住民のDNAと比較しています。この研究が解析したのは、カイロよりもナイル川上流に位置するアブシールエルメレク(Abusir-el Meleq)遺跡で発見されたミイラのDNAです。アブシールエルメレク遺跡では、少なくとも紀元前3250年~紀元後700年まで人間が居住していました。この研究で分析対象となったミイラは、較正年代で紀元前1388年~紀元後426年となります。
エジプトのミイラのDNA解析で問題となるのは、エジプトの高温な気候・墓の高湿度・ミイラ製作のさいの化学的処理(とくに炭酸ナトリウムの使用)です。これらの要因により、信頼性の高いデータを得るのが困難となっています。この研究は、新たな塩基配列決定技術により、こうした問題を克服する可能性を提示しています。この研究は、こうした新技術の使用により、信頼のできる人間のDNAデータとして、mtDNAが90人分、ゲノム規模で男性3人分が得られた、と報告しています。
これらのデータを現代エジプト人や他地域の古代人および現代人と比較した結果、興味深いことが明らかになりました。古代エジプト人と遺伝的に最も類似していたのは新石器時代のレヴァント人でした。古代エジプト人と新石器時代のアナトリア・ヨーロッパの住民との遺伝的類似性も指摘されています。古代エジプト人と現代エジプト人との比較では、前者よりも後者の方が、サハラ砂漠以南のアフリカ人との遺伝的類似性が高いことも明らかになっています。この要因として、紀元後400年以降に、エジプトとサハラ砂漠以南のアフリカとの長距離交易が増加したことと、1300年ほど前に始まった奴隷貿易が想定されています。
また、1000年以上の期間、古代エジプト人の遺伝的構成があまり変わらなかったことも明らかになりました。この間、エジプトはアッシリア・マケドニア・ローマといった域外勢力の支配を受けました。しかし、とくにマケドニアとローマの支配において、域外勢力の支配層がエジプトの北西デルタ地帯に集中していたため、アブシールエルメレク遺跡一帯では域外勢力の支配層の遺伝的影響があまり及ばなかったのではないか、と推測されています。これと関連しますが、この研究は、分析対象とした古代エジプト人のDNAデータは1ヶ所の遺跡から得られており、古代エジプト人全体を代表するものではない可能性もある、と注意を喚起しています。今後、エジプトのミイラのDNA解析例が増加し、さらに研究が進展するのではなないか、と期待されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
【遺伝】古代エジプト人のミイラのゲノム解析
複数体の古代のミイラから採取されたDNA試料の解析が行われ、古代エジプト人の遺伝的組成が明らかになったことを報告する論文が掲載される。これらのDNA試料の年代は約1,300年間にわたっており、現代のエジプト人よりも古代エジプト人の方が近東人と共通の起源を多く有していたことが示唆されている。
古代地中海世界の大陸が出会う地点に位置するエジプトは、紀元前第1千年紀以降長きにわたって他の重要なアフリカ、アジア、ヨーロッパの文化との交流があった。この地域でのヒトの移動と動きの記録は、詳細な考古学調査によって明らかになっているが、古代人の遺骨から採取されたDNAを用いた遺伝学的研究は、その遺骨の保存状態が悪いために難しい課題となっていた。
この論文の中で、Johannes Krauseたちの研究グループは、エジプト中部のアブシール・エル・メレク遺跡から出土した3体のミイラ(それぞれプトレミー時代以前、プトレミー時代、ローマ時代のものとされる)に由来するゲノムワイドのデータセットだけでなく、ミトコンドリアゲノム(90件)を新たに調べた結果を示している。そこで分かったのは、古代エジプト人と近東人(西アジアと中東に居住する人々)との遺伝的類似性が高いということで、現代のエジプト人に見られるサハラ以南の人々の遺伝的要素は、最近加わったものであることも明らかになった。ただし、この遺伝的データがエジプト中部の単一の遺跡から得られたものであり、古代エジプト全体を代表していない可能性のあることをKrauseたちは指摘している。
今回の研究は、古代エジプト人のミイラのDNA解析として初めてのものではないが、Krauseたちは、今回の研究で最新の塩基配列決定技術が用いられ、それによって取得されたデータの起源が古代のものであることを確認するための信ぴょう性評価が行われたことから、初めて信頼性の高いデータセットが得られたという見方を示している。今回の発見で、エジプト人集団の複雑な歴史の直接的な解明へ道が開かれた。
参考文献:
Schuenemann VJ. et al.(2017): Ancient Egyptian mummy genomes suggest an increase of Sub-Saharan African ancestry in post-Roman periods. Nature Communications, 8, 15694.
http://dx.doi.org/10.1038/ncomms15694
エジプトのミイラのDNA解析で問題となるのは、エジプトの高温な気候・墓の高湿度・ミイラ製作のさいの化学的処理(とくに炭酸ナトリウムの使用)です。これらの要因により、信頼性の高いデータを得るのが困難となっています。この研究は、新たな塩基配列決定技術により、こうした問題を克服する可能性を提示しています。この研究は、こうした新技術の使用により、信頼のできる人間のDNAデータとして、mtDNAが90人分、ゲノム規模で男性3人分が得られた、と報告しています。
これらのデータを現代エジプト人や他地域の古代人および現代人と比較した結果、興味深いことが明らかになりました。古代エジプト人と遺伝的に最も類似していたのは新石器時代のレヴァント人でした。古代エジプト人と新石器時代のアナトリア・ヨーロッパの住民との遺伝的類似性も指摘されています。古代エジプト人と現代エジプト人との比較では、前者よりも後者の方が、サハラ砂漠以南のアフリカ人との遺伝的類似性が高いことも明らかになっています。この要因として、紀元後400年以降に、エジプトとサハラ砂漠以南のアフリカとの長距離交易が増加したことと、1300年ほど前に始まった奴隷貿易が想定されています。
また、1000年以上の期間、古代エジプト人の遺伝的構成があまり変わらなかったことも明らかになりました。この間、エジプトはアッシリア・マケドニア・ローマといった域外勢力の支配を受けました。しかし、とくにマケドニアとローマの支配において、域外勢力の支配層がエジプトの北西デルタ地帯に集中していたため、アブシールエルメレク遺跡一帯では域外勢力の支配層の遺伝的影響があまり及ばなかったのではないか、と推測されています。これと関連しますが、この研究は、分析対象とした古代エジプト人のDNAデータは1ヶ所の遺跡から得られており、古代エジプト人全体を代表するものではない可能性もある、と注意を喚起しています。今後、エジプトのミイラのDNA解析例が増加し、さらに研究が進展するのではなないか、と期待されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
【遺伝】古代エジプト人のミイラのゲノム解析
複数体の古代のミイラから採取されたDNA試料の解析が行われ、古代エジプト人の遺伝的組成が明らかになったことを報告する論文が掲載される。これらのDNA試料の年代は約1,300年間にわたっており、現代のエジプト人よりも古代エジプト人の方が近東人と共通の起源を多く有していたことが示唆されている。
古代地中海世界の大陸が出会う地点に位置するエジプトは、紀元前第1千年紀以降長きにわたって他の重要なアフリカ、アジア、ヨーロッパの文化との交流があった。この地域でのヒトの移動と動きの記録は、詳細な考古学調査によって明らかになっているが、古代人の遺骨から採取されたDNAを用いた遺伝学的研究は、その遺骨の保存状態が悪いために難しい課題となっていた。
この論文の中で、Johannes Krauseたちの研究グループは、エジプト中部のアブシール・エル・メレク遺跡から出土した3体のミイラ(それぞれプトレミー時代以前、プトレミー時代、ローマ時代のものとされる)に由来するゲノムワイドのデータセットだけでなく、ミトコンドリアゲノム(90件)を新たに調べた結果を示している。そこで分かったのは、古代エジプト人と近東人(西アジアと中東に居住する人々)との遺伝的類似性が高いということで、現代のエジプト人に見られるサハラ以南の人々の遺伝的要素は、最近加わったものであることも明らかになった。ただし、この遺伝的データがエジプト中部の単一の遺跡から得られたものであり、古代エジプト全体を代表していない可能性のあることをKrauseたちは指摘している。
今回の研究は、古代エジプト人のミイラのDNA解析として初めてのものではないが、Krauseたちは、今回の研究で最新の塩基配列決定技術が用いられ、それによって取得されたデータの起源が古代のものであることを確認するための信ぴょう性評価が行われたことから、初めて信頼性の高いデータセットが得られたという見方を示している。今回の発見で、エジプト人集団の複雑な歴史の直接的な解明へ道が開かれた。
参考文献:
Schuenemann VJ. et al.(2017): Ancient Egyptian mummy genomes suggest an increase of Sub-Saharan African ancestry in post-Roman periods. Nature Communications, 8, 15694.
http://dx.doi.org/10.1038/ncomms15694
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