本村凌二『教養としての「世界史」の読み方』第3刷

 これは5月21日分の記事として掲載しておきます。2017年3月にPHP研究所より刊行されました。第1刷の刊行は2017年1月です。歴史学に限らず、緻密化・細分化の進む分野で、総合的な内容の本を執筆するのには勇気が必要だと思います。歴史学のような分野だと、扱う範囲が広範で、研究の蓄積も膨大なため、「一国史」でも通史を執筆するのにはかなりの勇気が必要となるでしょう。じっさい、各分野の専門家や非専門家でも詳しい人で、本書の叙述に疑問を抱く人は少なくいかもしれません。ただそれでも、本書のような一人の執筆者による総合的な歴史書は、歴史理解の手がかりのために必要であるとは思います。

 本書は「世界史」とはいっても、時代順に重要なもしくは著名な出来事を網羅的に簡潔に叙述していくという形式ではなく、著者が重要と考える観点に基づいて解説していく、という構成になっています。その観点とは、文明が大河の畔で発祥した理由・ローマとの比較・世界史における同時性・人間の大移動の理由・宗教の重視・共和政の観点からの日本と西洋の違い・すべての歴史は「現代史」である、というものです。このうち、すべての歴史は「現代史」であるという観点は、本書を貫く基調になっていると思います。

 このうち、文明が大河の畔で発祥した理由については、乾燥化により人々がより好適な環境に集まってきたからだ、とされており、人間の大移動の理由とも関連しています。ただ、たとえば、いわゆるインダス文明については、大河文明ではない、との見解も提示されています(関連記事)。アメリカ大陸など、メソポタミア・エジプト・華北以外の地域の事例も含めて、これは、今後も検証・議論の必要な問題のように思えます。ただ、「文明」の発祥において人間が集まることを重視する本書の見解は、基本的に妥当だと思います。

 世界史における同時性については、現代にまで強い影響を及ぼしている重要な思想が紀元前1000年紀にユーラシアの各地で相次いで出現したことが指摘されています。これは、すでに「枢軸時代」として以前から指摘されている見解ですが、本書は、思想だけではなく、貨幣・アルファベット・一神教の出現にも同時代性があると指摘し、その背景に単純化志向を想定しています。これは重要な指摘だと思います。ただ、宗教に関して言えば、「二分心」仮説に好意的な本書の見解には疑問が残ります。

 本書は全体的にたいへん読みやすく、もちろん、上述したように、世界史という大きな範囲を対象にしているので、専門家からすると突っ込みどころは少なくないだろう、と思います。私が気になったのは、一神教における宗教対立の激しさの指摘で、現代日本社会においてかなりの程度定着していると思われる、排他的な一神教世界と寛容な多神教世界の日本という俗説の影響があるのではないか、と懸念されます。また、現代日本社会におけるモラルの低下との指摘も、むしろ、著者がローマ社会について指摘していたような(関連記事)、社会の価値観の変化・厳格化といった心性の変化による可視化が進んだためではないか、とも思えます。

 このように疑問点もありますが、本書のような概説ではそれは避けられないことでしょうし、本書は教科書・指導書としてではなく、自身で調べて考える契機とする入門書として読むべきなのでしょう。著者の他の著書と同様にたいへん読みやすく、本書の諸見解に同意するか否かは別として、重要な論点が提示されているので、読んで損することはないと思います。私は、面白かったということもあり、集中してあっという間に読み終えることができました。著者の一連の著書のなかでは大当たりとまでは言えませんが、お気に入りの一冊となりました。

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