現代人の形成に大きな役割を果たした移民
これは5月20日分の記事として掲載しておきます。現代人の形成に移民が大きな役割を果たした、と指摘する概説(Gibbons., 2017)が公表されました。この概説は、現在、移民が大きな問題となっていることを強く意識した内容になっています。移民排斥の流れは現代世界の大きな動向として注目されており、それがイギリスの国民投票におけるEU離脱や、アメリカ合衆国でのトランプ政権の誕生など、「識者」や既存報道機関にとって意外な、大きな政治的出来事をもたらした、とよく論じられています。また、「識者」や既存報道機関にとって意外ではないとしても、フランス大統領選における国民戦線候補の健闘も、同じような文脈でよく語られています。
しかし、この概説は、そもそも現生人類(Homo sapiens)は頻繁に移動する動物であり、各集団間の混合は珍しくなく、現代人の各地域集団も混合の結果形成されていったのだ、と強調しています。このような人類集団の移動・混合について、かつては考古学的証拠(土器などの人工物)が指標とされていましたが、文化の伝播は人類集団の移住を伴うとは限らないので、同位体分析が重視されるようになり、現代ではDNA解析が重要な指標とされています。このDNA解析は、技術の飛躍的発展により、現代人だけではなく、更新世にまでさかのぼって人類遺骸も対象となっています。その結果、現生人類内の各集団間だけではなく、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のデニソワ人(Denisovan)といった、他系統の人類と現生人類との交雑も明らかになりました。
この概説は、オーストラリア先住民のように、他集団との混合の影響の少ない地域集団もあるものの、現代人の各地域集団は基本的に混合により形成されたと強調し、「純粋な民族」を想定する見解、とくにドイツのナチス政権の主張を批判しています。現代人および古代人のDNA解析の結果、現代ヨーロッパ人の主要な起源ついては、更新世の狩猟採集民・完新世初期に農耕をもたらした西アジアからの移民・青銅器時代に黒海沿岸から拡散した遊牧民と複数あることが明らかになりました。こうした移動の特徴は一様ではなかったようで、青銅器時代の遊牧民の移動に関しては、男性の比率が圧倒的に高かったのではないか、と推測されています。
ナチス政権は、人類学や考古学や歴史学を利用して「純粋なアーリア人」の存在を喧伝しました。ナチス政権はそうした文脈において、紀元後9年のトイトブルクの戦いの英雄とされるアルミニウスを「純粋な」アーリア人として称揚し、ポーランドやオーストリアの領有の正当化に利用しました。しかし、この概説は、アルミニウスはゲルマン系集団を統一できたわけではなく、さらに、上述したヨーロッパ人の形成過程からしても、アルミニウスの出身部族であるケルスキ族は各集団の混合により形成されたのであり、「純粋なアーリア人」ではなかった、と指摘しています。
現代人の各地域集団は複雑な混合の結果形成された、というこの概説の見解は今では常識的です。ただ、この概説でも指摘されているように、たとえばオーストラリア先住民は比較的孤立していた集団であり、各地域集団の形成過程・混合の比率とその様相(たとえば、青銅器時代のヨーロッパにおける移動や、ヨーロッパからアメリカ大陸への人類の初期の移住における性比の非対称性)はかなり異なっていたと思われます。また、この概説からも窺えるように、現時点ではヨーロッパについての研究がとくに詳しく、地域間の研究密度の違いが大きいことも否定できません。気候など環境条件の問題により古代DNAの解析が難しい地域もあるので、この格差を埋めるのは容易ではありませんが、この分野の技術の発展は著しいので、今後の研究の進展が大いに期待されます。
参考文献:
Gibbons A.(2017): Busting myths of origin. Science, 356, 6339, 678-681.
http://dx.doi.org/10.1126/science.356.6339.678
しかし、この概説は、そもそも現生人類(Homo sapiens)は頻繁に移動する動物であり、各集団間の混合は珍しくなく、現代人の各地域集団も混合の結果形成されていったのだ、と強調しています。このような人類集団の移動・混合について、かつては考古学的証拠(土器などの人工物)が指標とされていましたが、文化の伝播は人類集団の移住を伴うとは限らないので、同位体分析が重視されるようになり、現代ではDNA解析が重要な指標とされています。このDNA解析は、技術の飛躍的発展により、現代人だけではなく、更新世にまでさかのぼって人類遺骸も対象となっています。その結果、現生人類内の各集団間だけではなく、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のデニソワ人(Denisovan)といった、他系統の人類と現生人類との交雑も明らかになりました。
この概説は、オーストラリア先住民のように、他集団との混合の影響の少ない地域集団もあるものの、現代人の各地域集団は基本的に混合により形成されたと強調し、「純粋な民族」を想定する見解、とくにドイツのナチス政権の主張を批判しています。現代人および古代人のDNA解析の結果、現代ヨーロッパ人の主要な起源ついては、更新世の狩猟採集民・完新世初期に農耕をもたらした西アジアからの移民・青銅器時代に黒海沿岸から拡散した遊牧民と複数あることが明らかになりました。こうした移動の特徴は一様ではなかったようで、青銅器時代の遊牧民の移動に関しては、男性の比率が圧倒的に高かったのではないか、と推測されています。
ナチス政権は、人類学や考古学や歴史学を利用して「純粋なアーリア人」の存在を喧伝しました。ナチス政権はそうした文脈において、紀元後9年のトイトブルクの戦いの英雄とされるアルミニウスを「純粋な」アーリア人として称揚し、ポーランドやオーストリアの領有の正当化に利用しました。しかし、この概説は、アルミニウスはゲルマン系集団を統一できたわけではなく、さらに、上述したヨーロッパ人の形成過程からしても、アルミニウスの出身部族であるケルスキ族は各集団の混合により形成されたのであり、「純粋なアーリア人」ではなかった、と指摘しています。
現代人の各地域集団は複雑な混合の結果形成された、というこの概説の見解は今では常識的です。ただ、この概説でも指摘されているように、たとえばオーストラリア先住民は比較的孤立していた集団であり、各地域集団の形成過程・混合の比率とその様相(たとえば、青銅器時代のヨーロッパにおける移動や、ヨーロッパからアメリカ大陸への人類の初期の移住における性比の非対称性)はかなり異なっていたと思われます。また、この概説からも窺えるように、現時点ではヨーロッパについての研究がとくに詳しく、地域間の研究密度の違いが大きいことも否定できません。気候など環境条件の問題により古代DNAの解析が難しい地域もあるので、この格差を埋めるのは容易ではありませんが、この分野の技術の発展は著しいので、今後の研究の進展が大いに期待されます。
参考文献:
Gibbons A.(2017): Busting myths of origin. Science, 356, 6339, 678-681.
http://dx.doi.org/10.1126/science.356.6339.678
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