Alex Mesoudi『文化進化論 ダーウィン進化論は文化を説明できるか』

 これは5月14日分の記事として掲載しておきます。アレックス=メスーディ(Alex Mesoudi)著、野中香方子訳、竹澤正哲解説で、文藝春秋社より2016年2月に刊行されました。原書の刊行は2011年です。本書は、文化の変遷を生物進化の概念・数理モデルで把握しようとする文化進化論の立場を解説しています。歴史学や文化人類学など文化を扱う社会科学分野は多数ありますが、その多くが定量的な手法を用いておらず、科学的厳密さに欠けている、と本書は指摘します(心理学や経済学の手法には科学的厳密さがあるものの、文化を無視して個人の行動を重視し、文化を不変の背景係数として扱う傾向にある、と指摘されています)。そうした状況を変えるものとして、本書は文化進化論を強く打ち出しています。

 本書の目的は、たんに科学的厳密さを追求するのではなく、社会科学のさまざまな分野の間で個別の方法論が維持され、各分野を横断しての知見・方法論の交換が乏しいことから、文化の理解が妨げられている現状を大きく改善するために、生物進化のモデルを用いて文化を定量的に把握することにより、社会科学各分野の橋渡しをして、文化をより正確に説明しよう、という気宇壮大なものです。20世紀半ばに、数学的手法を用いた研究者たちが博物学と遺伝学との橋渡しをして進化総合説が成立したように、生物進化のモデルを用いて社会科学を統合しよう、というわけです。

 この試みが成功するのか否か、私の見識ではとても的確に予測できませんが、本書は、言語・写本などの諸研究から、文化の変遷を生物進化のモデルで把握することの有効性が少なくとも一定以上あることを、説得的に示せているように思います。このブログでも取り上げた、アシューリアン(Acheulian)石器の拡散と変容(関連記事)についても言及されていました。本書は、人間の文化の変遷を生物進化のモデルで把握することが有効な理由として、人間の文化の変遷が生物進化と同様に蓄積的であることを挙げています。人間にとって最近縁の現生種であるチンパンジーも含めて、他の現存生物にも文化と言えるものはありますが、蓄積的ではない、というわけです。ただ、人間の文化が蓄積的である理由については、まだ確定的なことは言えないようです。なお、本書における文化の定義は、「模倣、教育、言語といった社会的な伝達機構を介して他者から習得する情報」となっています。

 率直に言って、詳しくない分野だったので、読み進めるのになかなか苦労しましたし、じゅうぶん理解できたとはとても言えません。今後、時間を作って何度か再読する必要があります。文化の変遷を生物進化のモデルで把握する方法の有効性は明らかだと思いますし、今後の発展が大いに見込める分野だと言えるでしょう。その意味で、今後の研究の進展が大いに期待されますが、本書も指摘するように、まだ歴史の浅い分野なので、今後、多くの検証と議論が必要になってくるでしょう。本書は、教科書としてその見解を受動的に把握するのではなく、今後理解を深めるための出発点となる一冊と考えるべきなのでしょう。


参考文献:
Mesoudi A.著(2016)、野中香方子訳、竹澤正哲解説『文化進化論 ダーウィン進化論は文化を説明できるか』(NTT出版、原書の刊行は2011年)

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