現生人類の起源と拡散

 これは4月20日分の記事として掲載しておきます。取り上げるのが遅れましたが、現生人類(Homo sapiens)の起源と拡散についての研究(Nielsen et al., 2017)が公表されました。本論文は、現代と古代の人類のゲノム解析から、現生人類の起源と拡散を概観しています。現時点でこの問題を把握するうえで、本論文はたいへん有益だと思います。この問題に関心のある人にはお勧めの論文です。

 本論文は、現生人類アフリカ単一起源説を前提とし、現生人類多地域進化説を否定しつつ、現生人類アフリカ単一起源説でも現生人類と他系統の人類との交雑を否定する完全置換説ではなく、両者の交雑を認める説を支持しています。これは、今では広く認められている、現生人類とネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のデニソワ人(Denisovan)との交雑を確認した諸研究に基づいています。

 こうした後期ホモ属の複雑な交雑に関しては、一度図を作成してブログ記事にまとめようと思って挫折しかかっているのですが、本論文では簡潔にまとめた図が掲載されています。私も、近いうちに自分なりにまとめようとは思うのですが、現時点で本論文の図以上のものを作れるはずもなく、せいぜい、ミトコンドリアDNA(mtDNA)と核DNAとで区分し、スペイン北部の通称「骨の穴(Sima de los Huesos)洞窟」遺跡の人類も組み込んだお粗末な図しか作れそうにありません。お粗末でも、何とか図を作りブログ記事を執筆したいものではありますが。

 本論文は現生人類アフリカ単一起源説を前提としていますが、アフリカでどのように現生人類が出現したのか、データが不足しているため、まだ明らかではない、と指摘しています。現生人類は、出アフリカ後にネアンデルタール人やデニソワ人と交雑したと考えられていますが、本論文は、アフリカにおいても、現生人類が他系統の人類と交雑した可能性を指摘しています。ただ、アフリカの気候を考えると、更新世の人骨からDNAを解析できる可能性は低く、直接的証拠を得るのは難しそうです。

 現生人類のアフリカからの拡散に関しては、新たな環境への適応という側面が重視されています。もちろん、技術革新といった文化的な適応も重要ですが、本論文では遺伝的な適応が取り上げられています。たとえば、高緯度地帯ではビタミンD合成に有利なことから、薄い肌色への選択圧が強くなりました。また、チベットやアンデス地域など高地帯への適応を可能とする遺伝的変異も確認されています。こうした現生人類の新たな環境での適応を可能とした遺伝子のなかには、ネアンデルタール人やデニソワ人といった他系統の人類から交雑によりもたらされたと推測されているものもあります。風土病にたいする免疫に関しては、こうした交雑によりもたらされた遺伝子が重要な役割を果たしたのではないか、と考えられています。

 本論文が根拠とした文献のなかには、このブログで取り上げたものも少なくなく、その意味ではおおむね違和感のない内容でした。個人的に新鮮だったというか、見落としていた研究・見解としては、イースター島の現代人のゲノム解析から、「コロンブス以前」にポリネシア系とアメリカ大陸先住民とが接触していた可能性は高い、と指摘したものがあります。この可能性は以前から想定していたので意外な結論ではありませんが、じっさいにゲノム解析から指摘されているとは知りませんでした。なお、アメリカ大陸先住民がオーストラロ・メラネシア人とも交雑した可能性や、アマゾン地域のアメリカ大陸先住民のゲノムにオーストラレシア人との密接な共通領域が認められるとの見解(関連記事)については、アメリカ大陸の古代人のゲノムではまだ確認されていない、と指摘されています。


参考文献:
Nielsen R. et al.(2017): Tracing the peopling of the world through genomics. Nature, 541, 7637, 302–310.
http://dx.doi.org/10.1038/nature21347

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