亀田達也『モラルの起源 実験社会科学からの問い』

 これは4月16日分の記事として掲載しておきます。岩波新書(赤版)の一冊として、岩波書店より2017年3月に刊行されました。本書は、人間社会のモラルの基盤を、さまざまな分野の研究成果から検証しています。本書はこれを「実験社会科学」と呼んでいます。実験社会科学とは、経済学・心理学・政治学・生物学など複数の分野の研究者たちが集まり、「実験」という共通の手法を用いて、人間の行動や社会における振る舞いを検討しようとする、新たな学問領域です。

 本書は、人間生活の根本的な基盤は小集団にあり、小集団への適応となる心理・行動メカニズムを進化的に獲得している、という見解を前提として、人間のモラルにはどのような基盤があるのか、検証しています。本書はそのさい、人間と近縁な霊長類だけではなく昆虫をも比較対象として、一見すると人間と共通するような社会行動が存在することを明らかにしつつ、それらの基盤となる仕組みと、人間の社会行動の基盤となる認知メカニズムの違いを検証していき、人間の社会行動の独自性について解説しています。

 本書は、人間社会のモラルの重要な基盤として、多くの動物にも共有される情動的共感と、時として冷たく見えてしまうこともある認知的共感とを挙げています。本書は、情動的共感が人間のモラル形成にさいして重要であるものの、それは内集団にとどまるものであり、広範囲な対象に共感を及ぼすには、認知的共感も重要だと指摘します。内集団とは、たとえば家族や地域や国家などです。また本書は、人間社会のモラルに進化的基盤があることを前提としつつも、単純な遺伝子決定論ではなく、文化的要素も大きいことを指摘しています。新たな規範の創出・制度設計にさいしては、本書で解説されているような諸研究成果を踏まえていく必要がある、と改めて思ったものです。


参考文献:
亀田達也(2017)『モラルの起源 実験社会科学からの問い』(岩波書店)

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