クリミアのネアンデルタール人の象徴的行動の証拠

 これは4月1日分の記事として掲載しておきます。クリミアのネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の象徴的行動に関する研究(Majkić et al., 2017)が報道されました。この研究が分析対象としたのは、クリミアのザスカルナヤ6(Zaskalnaya VI)岩陰遺跡の中部旧石器時代の層で発見された、ワタリガラス(Corvus corax)の橈骨の断片です。ザスカルナヤ6遺跡は1969年に発見され、1969~1975年・1977~1978年・1981~1985年に集中的に発掘されました。ザスカルナヤ6遺跡の中部旧石器時代は7層(1・2・3・3a・4・5・6)に区分されており、ミコッキアン(Micoquian)インダストリーに分類されています。ザスカルナヤ6遺跡の2・3・3a層では、2個の断片的な下顎骨・遊離した14個の歯・手根骨・前腕骨・脛骨などといったネアンデルタール人の化石が発見されています。

 この研究で分析の対象となったワタリガラスの橈骨は3層で発見されました。3層で発見された動物の骨の年代は、放射性炭素年代測定法により較正年代でおおむね43000~38000年前頃となります(3点の骨が測定され、それぞれの推定年代は42936~41820年前・41847~40127年前・41846~38175年前)。ただ、依拠している文献が2004年・1998年・1996年と古いのは気になるところです。同じく放射性炭素年代測定による1層の推定年代がおおむね30000~26000年前頃となっており、2004年以降にヨーロッパの旧石器時代のじゅうらいの放射性炭素年代測定結果が大幅に見直され、さかのぼる傾向にある(関連記事)ことを考えると、3層の年代が繰り上がる可能性もじゅうぶん想定されます。

 3層で発見されたワタリガラスの橈骨には、7ヶ所の刻み目がありました。顕微鏡を用いての技術的・形態計測的分析から、この刻み目のうち2ヶ所は、それ以前の刻み目の隙間を埋め、おそらくは等距離の配置というパターンの視覚的一貫性を高めるために追加で刻まれたのではないか、と推測されています。この研究はその証拠として、他の旧石器時代の動物の骨の刻み目の検証と、家畜化されたヒョウモンシチメンチョウ(Meleagris ocellata)の骨を用いた実験を挙げ、ザスカルナヤ6遺跡のワタリガラスの橈骨の刻み目は、ネアンデルタール人の象徴的行動の直接的証拠になる、と指摘しています。

 ネアンデルタール人の象徴的行動については、上部旧石器時代・後期石器時代以降の現生人類(Homo sapiens)と比較してずっと貧弱とはいえ、その証拠が蓄積されつつあり、ネアンデルタール人が鳥の爪を用いて装飾品を製作した可能性も指摘されています(関連記事 )。ネアンデルタール人と現生人類とで象徴的行動にどの程度の違いがあったのか定かではないとはいえ、ネアンデルタール人の象徴的行動はもはや否定できないだろう、と思います。

 この研究は、視覚的効果という観点からワタリガラスの骨の刻み目を検証し、ネアンデルタール人の象徴的行動の根拠になりそうな事例を提示したという意味で、注目されます。ただ、ザスカルナヤ6遺跡3層の43000~38000年前頃という推定年代からは、クリミアのネアンデルタール人が現生人類と接触し、その(文化的、さらには遺伝的?)影響を受けた、という可能性もじゅうぶん想定されると思います。ただ、上述したように、ザスカルナヤ6遺跡3層の年代が繰り上がる可能性も低くないでしょうから、クリミアのミコッキアン期のネアンデルタール人が、現生人類の影響を受けずに独自に象徴的行動を発達させた、という想定も有力説の一つとして考えておかねばならないでしょう。


参考文献:
Majkić A, Evans S, Stepanchuk V, Tsvelykh A, d’Errico F (2017) A decorated raven bone from the Zaskalnaya VI (Kolosovskaya) Neanderthal site, Crimea. PLoS ONE 12(3): e0173435.
http://dx.doi.org/10.1371/journal.pone.0173435

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