ヨーロッパの初期人類の食性

 これは3月2日分の記事として掲載しておきます。ヨーロッパの初期人類の食性に関する研究(Pérez-Pérez et al., 2017)が報道されました。この研究が分析対象としたのは、スペイン北部のアタプエルカで発見されたホモ属の人骨群(120万~80万年前頃)です。アタプエルカでは、「象の穴(Sima del Elefante)」遺跡で120万年前頃のホモ属化石(種区分未定)が、グランドリナ(Gran Dolina)遺跡で96万~80万年前頃のホモ属化石が発見されています。グランドリナ遺跡のホモ属に関しては、エレクトス(Homo erectus)などの初期ホモ属とは異なるアンテセッサー(Homo antecessor)という種に区分する見解も提示されています。アンテセッサーに関しては、食人の可能性が指摘されています。

 この研究は、象の穴遺跡とグランドリナ遺跡のホモ属の歯を、更新世の他のホモ属の歯と比較しています。比較対象となったのは、アフリカの150万~70万年前頃のエルガスター(Homo ergaster)、ヨーロッパとアフリカの60万~20万年前頃のハイデルベルゲンシス(Homo heidelbergensis)、イベリア半島の5万~3万年前頃のネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)です。これらのホモ属の頬側の歯のエナメル質の微視的使用痕が分析・比較されました。現代の狩猟採集民と農耕民の研究から、頬側の歯のエナメル質の微視的使用痕の密度と長さは、噛んだ食物の種類に依存することが判明しています。

 これらの人類の頬側の歯のエナメル質の微視的使用痕の分析・比較の結果、象の穴遺跡とグランドリナ遺跡のホモ属の歯の溝の密度は、分析された他の更新世ホモ属よりも高いことが確認されました。歯のエナメル質の溝から、直ちに食性を正確に復元できるわけではありませんが、アタプエルカの前期更新世後半の人類は、硬くて砕けやすい、歯を研磨するようなものを食べていた可能性が高い、と推測されています。たとえば、プラントオパール(植物の細胞組織に充填する非結晶含水珪酸体)を含むような植物や土壌粒子の痕跡を伴う塊茎や、コラーゲンまたは結合組織や骨または生肉です。人類の肉食に関しては、脳サイズを巨大化し、それを維持することに役立ったのではないか、と指摘されています。

 このような歯のエナメル質の微視的使用痕の違いについては、120万~80万年前頃のアタプエルカの大きく変動する厳しい自然環境に起因するのではないか、と指摘されています。また、自然環境だけではなく、文化的要因も指摘されています。120万~80万年前頃のアタプエルカの人類の石器製作技術は、伝統的な区分(関連記事)では真のホモ属(エレクトスもしくはエルガスター)出現前から用いられていた様式1(Mode 1)でした。様式1の石器では、食品加工が促進されず、骨を噛むのに歯が用いられたのではないか、と指摘されています。また、120万~80万年前頃のアタプエルカの人類が火を使用していなかったことも、食品加工が進まず、歯の摩耗を促進したのではないか、と指摘されています。生態学的・文化的条件の違いが、歯のエナメル質の微視的使用痕の違いを生じさせたのではないか、というわけです。


参考文献:
Pérez-Pérez A. et al.(2017): The diet of the first Europeans from Atapuerca. Scientific Reports, 7, 43319.
http://dx.doi.org/10.1038/srep43319

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