9世紀~12世紀にかけての北アメリカ大陸における母系継承の支配層(追記有)
これは2月24日分の記事として掲載しておきます。9世紀~12世紀の北アメリカ大陸の支配層と思われる人骨群のDNA解析に関する研究(Kennett et al., 2017)が報道されました。この研究が分析対象としたのは、アメリカ合衆国ニューメキシコ州にある有名なプエブロボニート(Pueblo Bonito)遺跡の人骨群です。放射性炭素年代測定法により、プエブロボニート遺跡の年代は800~1130年頃と推定されています。アメリカ合衆国南西部のチャコ渓谷(Chaco Canyon)には、2階以上の巨大な石造建造物(グレートハウス)が存在しています。その中で最大のグレートハウスはプエブロボニート遺跡にあり、約650の部屋が存在します。
この約650の部屋のうち、33号室は精巧な地下埋葬場だと考えられており、当時のチャコ渓谷の社会が階層的だったことを示している、と考えられています。33号室の最初の埋葬者である40代の男性は、頭部に致命傷を負っていました。この男性の副葬品には、11000個のトルコ石のビーズ・3300個の貝のビーズや、プエブロボニート遺跡から遠くなれたカリフォルニア湾産出の貝なども含む人工物がありました。これは、支配層の存在を示している、と考えられます。ただ、当時のチャコ渓谷の社会は、平等主義的ではなく、複雑で階層的ではあるものの、国家とまで言えるのか断定はできない、と研究者たちは慎重な姿勢を示しています。
この33号室の遺体のうち9人からDNAが採取されました。その解析の結果、埋葬されていた9人のミトコンドリアDNA(mtDNA)が一致しました。これは、チャコ渓谷の社会では300年以上にわたって支配層が母系で継承されたことを示す、と指摘されています。また、そのうち6人の高精度のmtDNAおよび核DNA解析と放射性炭素年代測定から、30~40歳の女性である頭蓋8と30~35歳の男性である頭蓋10が祖母と孫息子との関係に、35~45歳の女性である頭蓋1と23~27歳の女性である頭蓋7が母親と娘の関係にある、と推定されています。
書記体系を有する古代社会にとって、権力の世襲は初期の政治的複雑性と統治の特徴の一つとされています。9世紀~12世紀のチャコ渓谷の社会のように、書記体系のない複雑な社会では、権力の世襲とその起源についての解明が難しくなっています。そうしたなかで、DNA解析と放射性炭素年代測定により支配層の母系継承が証明されたことは、大いに注目されるべきだと思います。ただ、だからといって、元々人類の社会は母系継承だったのだ、と結論づけることはできないと思いますが(関連記事)。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
【遺伝】母系世襲による権力継承が行われていた初期の複雑な社会
先史時代に現在の米国ニューメキシコ州にあたる地域に存在していた複雑な社会に関するゲノム解析が行われ、エリートの地位が母系で継承されていたことが示唆されている。今回の研究では、DNAから古い時代の家族的階層関係が推定され、指導者の地位の世襲の文化的起源を解明する上で1つの手掛かりが得られた。この成果を報告する論文が、今週掲載される。
北米における最初期の複雑な社会の1つである「チャコ」社会の人々は、米国南西部のチャコ渓谷にあった2階以上の巨大な石造建造物(「グレートハウス」)で暮らしていた。最大のグレートハウスはプエブロ・ボニートにあり、約650の部屋があった。今回、Douglas Kennettの研究チームは、このグレートハウスの33号室に埋葬されていた9人の遺骸からDNAを採取した。33号室は、チャコ社会で地位の高い者とその直系の子孫のための精巧な地下埋葬場だと考えられている。また、DNA解析の結果、埋葬されていた個体のミトコンドリアゲノムが同じであることが判明した。これは、埋葬者全員が同じ母方の家系に属することの徴候だ。これらの埋葬者は、数世代にわたっており、330年間に順番に埋葬されていた。以上の知見を総合すると、チャコ社会では、9世紀前半には高度の社会的分化と社会的複雑度が存在したことが示されている。また、チャコ社会では、1130年頃に社会が崩壊するまで指導者の地位が母系で継承されていた。
権力の世襲は、書記体系をもつ古代社会(エジプト、古代マヤなど)における初期の政治的複雑性と統治の1つの特徴だが、その文化的起源については、チャコのような先史時代の複雑な社会に書記体系がなかったため、解明が難しくなっている。チャコ社会に権力の上下関係があったと考えられることは認められているが、この階層構造の性質については論争があり、今回の研究は、この論争に決着をつける上で役立つと考えられる。
参考文献:
Kennett DJ. et al.(2017): Archaeogenomic evidence reveals prehistoric matrilineal dynasty. Nature Communications, 8, 14115.
http://dx.doi.org/10.1038/ncomms14115
追記(2017年2月24日)
ナショナルジオグラフィックでも報道されました。
この約650の部屋のうち、33号室は精巧な地下埋葬場だと考えられており、当時のチャコ渓谷の社会が階層的だったことを示している、と考えられています。33号室の最初の埋葬者である40代の男性は、頭部に致命傷を負っていました。この男性の副葬品には、11000個のトルコ石のビーズ・3300個の貝のビーズや、プエブロボニート遺跡から遠くなれたカリフォルニア湾産出の貝なども含む人工物がありました。これは、支配層の存在を示している、と考えられます。ただ、当時のチャコ渓谷の社会は、平等主義的ではなく、複雑で階層的ではあるものの、国家とまで言えるのか断定はできない、と研究者たちは慎重な姿勢を示しています。
この33号室の遺体のうち9人からDNAが採取されました。その解析の結果、埋葬されていた9人のミトコンドリアDNA(mtDNA)が一致しました。これは、チャコ渓谷の社会では300年以上にわたって支配層が母系で継承されたことを示す、と指摘されています。また、そのうち6人の高精度のmtDNAおよび核DNA解析と放射性炭素年代測定から、30~40歳の女性である頭蓋8と30~35歳の男性である頭蓋10が祖母と孫息子との関係に、35~45歳の女性である頭蓋1と23~27歳の女性である頭蓋7が母親と娘の関係にある、と推定されています。
書記体系を有する古代社会にとって、権力の世襲は初期の政治的複雑性と統治の特徴の一つとされています。9世紀~12世紀のチャコ渓谷の社会のように、書記体系のない複雑な社会では、権力の世襲とその起源についての解明が難しくなっています。そうしたなかで、DNA解析と放射性炭素年代測定により支配層の母系継承が証明されたことは、大いに注目されるべきだと思います。ただ、だからといって、元々人類の社会は母系継承だったのだ、と結論づけることはできないと思いますが(関連記事)。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
【遺伝】母系世襲による権力継承が行われていた初期の複雑な社会
先史時代に現在の米国ニューメキシコ州にあたる地域に存在していた複雑な社会に関するゲノム解析が行われ、エリートの地位が母系で継承されていたことが示唆されている。今回の研究では、DNAから古い時代の家族的階層関係が推定され、指導者の地位の世襲の文化的起源を解明する上で1つの手掛かりが得られた。この成果を報告する論文が、今週掲載される。
北米における最初期の複雑な社会の1つである「チャコ」社会の人々は、米国南西部のチャコ渓谷にあった2階以上の巨大な石造建造物(「グレートハウス」)で暮らしていた。最大のグレートハウスはプエブロ・ボニートにあり、約650の部屋があった。今回、Douglas Kennettの研究チームは、このグレートハウスの33号室に埋葬されていた9人の遺骸からDNAを採取した。33号室は、チャコ社会で地位の高い者とその直系の子孫のための精巧な地下埋葬場だと考えられている。また、DNA解析の結果、埋葬されていた個体のミトコンドリアゲノムが同じであることが判明した。これは、埋葬者全員が同じ母方の家系に属することの徴候だ。これらの埋葬者は、数世代にわたっており、330年間に順番に埋葬されていた。以上の知見を総合すると、チャコ社会では、9世紀前半には高度の社会的分化と社会的複雑度が存在したことが示されている。また、チャコ社会では、1130年頃に社会が崩壊するまで指導者の地位が母系で継承されていた。
権力の世襲は、書記体系をもつ古代社会(エジプト、古代マヤなど)における初期の政治的複雑性と統治の1つの特徴だが、その文化的起源については、チャコのような先史時代の複雑な社会に書記体系がなかったため、解明が難しくなっている。チャコ社会に権力の上下関係があったと考えられることは認められているが、この階層構造の性質については論争があり、今回の研究は、この論争に決着をつける上で役立つと考えられる。
参考文献:
Kennett DJ. et al.(2017): Archaeogenomic evidence reveals prehistoric matrilineal dynasty. Nature Communications, 8, 14115.
http://dx.doi.org/10.1038/ncomms14115
追記(2017年2月24日)
ナショナルジオグラフィックでも報道されました。
この記事へのコメント