山岸俊男『「日本人」という、うそ 武士道精神は日本を復活させるか』

 これは1月22日分の記事として掲載しておきます。ちくま文庫の一冊として、筑摩書房より2015年10月に刊行されました。本書の親本『日本の「安心」はなぜ、消えたのか 社会心理学から見た現代日本の問題点』は、2008年に集英社インターナショナルより刊行されました。本書の内容については、親本の表題の方が本書の表題の方よりもずっと的確に表しているように思えます。もっとも、現代日本社会でより関心を惹きそうな表題は本書の方でしょうから、この改題は仕方のないところでしょうか。

 本書は、人類社会を安心社会と信頼社会とに区分し、現代日本社会の問題の多くは安心社会から信頼社会へと移行しつつあることに由来する、と指摘します。安心社会とは閉鎖的なところのある集団主義社会で、信頼社会とは不特定多数に開かれた社会です。安心社会と信頼社会とでは、必要とされる倫理観・道徳や能力に違いがあるので、安心社会から信頼社会へと移行しつつある現代日本社会では、その違いに戸惑い、まだ上手く適応できていない人々が多くおり、さまざまな社会問題が生じている、というのが本書の見通しです。

 本書は、安心社会と信頼社会とでそれぞれ必要とされる倫理観・道徳や能力に関して、各地域集団で生得的な違いはなく、環境により必要とされる倫理観・道徳や能力が形成されていく、と指摘します。人間の心・能力は、進化の過程で獲得された生来的な心理的傾向・能力を基盤としつつ、具体的にどのような倫理観・道徳や能力が発達していくのかは、環境により異なる、というわけです。その意味で、環境というか社会制度を無視・軽視して、過度に「心の教育」やモラルの重視を強制しても効果が弱い、というのが本書の見解です。

 本書は、安心社会と信頼社会で必要とされるモラル体系を、それぞれ権力者のモラルたる統治の倫理と大衆のモラルたる市場の倫理と把握しています。この二つのモラル体系は、それぞれ大きく異なる社会を前提としているので、混用してはいけない、と本書は強調しています。日本社会に即して言えば、統治の倫理とは武士道で、市場の倫理とは商人道だ、と本書は指摘します。信頼社会へと移行していく現代日本社会において、倫理体系として武士道が声高に語られ、商人道が忘却されているかのように見えることを、本書は憂慮しています。類型化が行き過ぎているのではないか、という疑問は強く残るのですが、本書は全体的には興味深い問題提起をしていると思います。

この記事へのコメント

kurozee
2017年01月22日 10:25
読んでないので印象だけですが、本書の考え方でいえば、トランプは商人道の権化みたいなものでしょうかねえ。トランプが愚かでいやしく見えるのは、表向きには「商人はいやしい」という、日本の近代以降の価値基準が影響しているのでしょうか。
2017年01月22日 20:47
本書の枠組みで言えば、トランプ大統領の経歴からすると、商人道的な倫理が要求される信頼社会で成功してきたかのように見える一方で、大統領選では、自国第一の方針を強く訴えたように、安心社会の指導者たり得る、という側面を強く打ち出していたように思います。状況により立ち位置を変えてくる、一筋縄ではいかない複雑な人物なのでしょう。

この記事へのトラックバック