クラピナ遺跡で発見されたネアンデルタール人の象徴的思考のさらなる証拠

 これは1月19日分の記事として掲載しておきます。ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の象徴的思考に関する研究(Radovčić et al., 2016)が報道されました。ネアンデルタール人の象徴的思考に関しては、現生人類(Homo sapiens)との「交替劇」との関連で大いに注目されています。象徴的思考能力が現生人類には存在し、ネアンデルタール人にはなかったことが、「交替劇」の一因になった、との見解は今でも根強く支持されているかもしれません。

 何が象徴的思考の考古学的証拠になるのか、難問とも言えますが、絵画・線刻・装飾品などは、おおむね象徴的思考の証拠と認められているように思います。現生人類にはそのような証拠が豊富に存在しますが、ネアンデルタール人には乏しく、かりに認められたとしても、現生人類の模倣もしくは現生人類から入手しただけで、あるいはその象徴的意味をネアンデルタール人は理解していなかったのではないか、とも指摘されています。もっとも、5万年前頃よりも前となると、現生人類に関しても、象徴的思考の考古学的証拠はそれ以降と比較してかなり乏しいと言えそうですが。

 その問題はさておき、現生人類と接触していなかったと思われるネアンデルタール人集団でも、象徴的思考の考古学的証拠が認められつつあります。たとえば、イベリア半島南東部ではネアンデルタール人の所産と考えられる貝殻の装飾品(関連記事)が、ネアンデルタール人の遺跡として有名なクロアチアのクラピナ(Krapina)では、解体され磨かれた痕跡があり、装飾品と考えられる13万年前頃のオジロワシ(Haliaëtus albicilla)の鉤爪が発見されています(関連記事)。

 こうしたことから、ネアンデルタール人にも現生人類と通ずるような象徴的思考能力が存在したのではないか、との見解が支持を集めつつあるように思います。こうしたネアンデルタール人「見直し論」的な傾向は、1990年代後半以降に強くなってきたように思われます。もっとも、ネアンデルタール人と現生人類とは分岐してから少なくとも数十万年以上経過したと思われるので、両者の象徴的思考能力に何らかの大きな違いが存在したとしても不思議ではないでしょう。

 この研究は、その上述したクラピナ遺跡の1899~1905年の発掘で発見された石灰岩が、ネアンデルタール人の象徴的思考能力のさらなる証拠になるのではないか、との見解を提示しています。この石灰岩は茶色がかっており、黒い線があって目立ちます。クラピナ遺跡は砂岩の洞窟であり、石灰岩は存在しません。そのため、クラピナ遺跡の石灰岩は、クラピナ遺跡から北に数km離れた場所のものであり、ネアンデルタール人がその場所からクラピナ遺跡に運んできたのではないか、と推定されています。あるいは、川の流れにより石灰岩がもっとクラピナ遺跡に近い場所に存在した可能性も指摘されていますが、いずれにしても、ネアンデルタール人がクラピナ遺跡へと運んできたことは確かなようです。

 クラピナ遺跡の石灰岩には加工された痕跡が見られませんでしたから、石材として用いられたのではない、と考えられています。この研究は、クラピナ遺跡の石灰岩が目立つ外観であることから、審美的特質のためにネアンデルタール人により持ち込まれたのではないか、と推測しています。これは、ネアンデルタール人の象徴的思考能力のさらなる証拠になる、というのがこの研究の見解ですが、貝殻の装飾品やオジロワシの鉤爪ほどの確かな証拠とは言えないかもしれません。とはいえ、なかなか興味深い研究だと思います。


参考文献:
Radovčić D. et al.(2016): An interesting rock from Krapina. Comptes Rendus Palevol, 15, 8, 988-993.
http://dx.doi.org/10.1016/j.crpv.2016.04.013

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック