ネアンデルタール人とされていたイタリアの化石の再検証
これは12月3日分の記事として掲載しておきます。取り上げるのが遅れましたが、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)とされていた化石を再検証した研究(Talamo et al., 2016)が公表されました。この研究が再検証の対象としたのは、イタリア北部のリパロメツェナ(Riparo Mezzena)遺跡(関連記事)の断片的な骨の化石です。リパロメツェナ遺跡は、ネアンデルタール人と現生人類(Homo sapiens)との共存の根拠になるのではないか、ということで注目されています。
リパロメツェナ遺跡は上から(つまり、新しい方から)順に第1層→第2層→第3層と区分されています。第3層と第2層からはムステリアン(Mousterian)に分類される石器群が、第1層からは旧石器時代~鉄器時代の人工物が発見されています。じゅうらいの研究では、第1層からの9個の断片的な骨と第2層・第3層からの4個の断片的な骨はすべて人間のものと判断されていました。これら13個の断片的な人骨の内訳は、1個の不完全な下顎・11個の頭蓋・1個の頭蓋以外の骨とされていました。
じゅうらいの研究では、下顎「IGVR 203334」は3層すべてにムステリアン石器が確認されることから、形態というより石器との関連でネアンデルタール人女性と推定されていました。しかしこの研究は、第1層で発見された下顎断片「IGVR 203334」の形態が現生人類的だと指摘しています。また、じゅうらいの研究のDNA解析では、頭蓋断片の一つ「MLS 1」がミトコンドリアDNA(mtDNA)の解析から、鎖骨断片「IGVR 63017-5-MLS 3」がmtDNAおよび核DNAの解析からネアンデルタール人と推定され、下顎「IGVR 203334」からもネアンデルタール人の変異内に収まるmtDNAが検出されました。
この研究は、こうしたじゅうらいの研究の分析結果を、放射性炭素年代測定法・新たなDNA解析技術・質量分析法による動物考古学(ZooMS)・同位体分析を用いて再検証しています。ただ、リパロメツェナ遺跡で発見された13個の断片的な骨のうち「MLS 1」を含む2個はヴェローナ自然史博物館に返却されていないため、再分析できませんでした。そのため、11個の断片的な骨が再分析されたのですが、その結果は意外なものでした。
まず、放射性炭素年代測定法による分析(以下、この記事ではすべて較正年代)が可能だった5個の断片的な骨のうち、最古のものは出土層を特定できなかった「IGVR 63017-4」の30090~29290年前(95.4%の信頼性)で、次に古いのが第3層から発見された頭蓋断片「IGVR 63017-12」の12050~11750年前(95.4%の信頼性)であり、他の3個はいずれも6400年前頃でした。この3個の中には、ネアンデルタール人のものと推定されていた下顎「IGVR 203334」が含まれます。
次に、mtDNA解析とZooMS による11個の断片的な骨の分析の結果、ネアンデルタール人と分類されたものはなく、現生人類のものが4個、人間ではない哺乳類のものが4個、人類のものが1個、不明が2個と分類されました。1万年以上前と推定された「IGVR 63017-4」も「IGVR 63017-12」も、人間ではない哺乳類のものでした。ネアンデルタール人のものと推定されていた下顎「IGVR 203334」は、mtDNAの分析では現生人類と区分されました。これは、「IGVR 203334」の6410~6300年前(95.4%の信頼性)という年代や、現生人類的だとする形態学的な見解と整合的な結果です。
じゅうらいのDNA解析ではネアンデルタール人と区分されていた「IGVR 63017-5-MLS 3」や「IGVR 203334」からネアンデルタール人だという証拠が見つからず、現生人類のものだとさえ結果が覆った(IGVR 203334)理由について、じゅうらいの研究はポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によるDNAの短い配列の増幅に依拠しており、現在の配列技術よりも精度が劣るからではないか、とこの研究は指摘しています。また、この研究では分析できなかった「MLS 1」の以前のDNA解析結果についても、PCRによるDNA解析なので、汚染されたネアンデルタール人と現生人類のDNA配列の寄せ集めになっているかもしれない、と指摘されています。
この研究は、リパロメツェナ遺跡においてネアンデルタール人の遺骸の証拠が得られなかったことを指摘し、リパロメツェナ遺跡周辺において、後期更新世にネアンデルタール人と現生人類との共存があった、とする見解に慎重な姿勢を示しています。またこの研究は、新たな放射性炭素年代測定からも第1層の年代はかなり新しいと考えられるのに、完新世の人工物だけではなくムステリアン石器群も発見されていることに疑問を呈し、リパロメツェナ遺跡の形成過程の解明が必要だと指摘しています。この研究のように、再検証によりヨーロッパの旧石器時代の遺跡の年代・化石の人類系統の区分が見直されることは今後もありそうで、大いに注目されます。
参考文献:
Talamo S. et al.(2016): Direct radiocarbon dating and genetic analyses on the purported Neanderthal mandible from the Monti Lessini (Italy). Scientific Reports, 6, 29144.
http://dx.doi.org/10.1038/srep29144
リパロメツェナ遺跡は上から(つまり、新しい方から)順に第1層→第2層→第3層と区分されています。第3層と第2層からはムステリアン(Mousterian)に分類される石器群が、第1層からは旧石器時代~鉄器時代の人工物が発見されています。じゅうらいの研究では、第1層からの9個の断片的な骨と第2層・第3層からの4個の断片的な骨はすべて人間のものと判断されていました。これら13個の断片的な人骨の内訳は、1個の不完全な下顎・11個の頭蓋・1個の頭蓋以外の骨とされていました。
じゅうらいの研究では、下顎「IGVR 203334」は3層すべてにムステリアン石器が確認されることから、形態というより石器との関連でネアンデルタール人女性と推定されていました。しかしこの研究は、第1層で発見された下顎断片「IGVR 203334」の形態が現生人類的だと指摘しています。また、じゅうらいの研究のDNA解析では、頭蓋断片の一つ「MLS 1」がミトコンドリアDNA(mtDNA)の解析から、鎖骨断片「IGVR 63017-5-MLS 3」がmtDNAおよび核DNAの解析からネアンデルタール人と推定され、下顎「IGVR 203334」からもネアンデルタール人の変異内に収まるmtDNAが検出されました。
この研究は、こうしたじゅうらいの研究の分析結果を、放射性炭素年代測定法・新たなDNA解析技術・質量分析法による動物考古学(ZooMS)・同位体分析を用いて再検証しています。ただ、リパロメツェナ遺跡で発見された13個の断片的な骨のうち「MLS 1」を含む2個はヴェローナ自然史博物館に返却されていないため、再分析できませんでした。そのため、11個の断片的な骨が再分析されたのですが、その結果は意外なものでした。
まず、放射性炭素年代測定法による分析(以下、この記事ではすべて較正年代)が可能だった5個の断片的な骨のうち、最古のものは出土層を特定できなかった「IGVR 63017-4」の30090~29290年前(95.4%の信頼性)で、次に古いのが第3層から発見された頭蓋断片「IGVR 63017-12」の12050~11750年前(95.4%の信頼性)であり、他の3個はいずれも6400年前頃でした。この3個の中には、ネアンデルタール人のものと推定されていた下顎「IGVR 203334」が含まれます。
次に、mtDNA解析とZooMS による11個の断片的な骨の分析の結果、ネアンデルタール人と分類されたものはなく、現生人類のものが4個、人間ではない哺乳類のものが4個、人類のものが1個、不明が2個と分類されました。1万年以上前と推定された「IGVR 63017-4」も「IGVR 63017-12」も、人間ではない哺乳類のものでした。ネアンデルタール人のものと推定されていた下顎「IGVR 203334」は、mtDNAの分析では現生人類と区分されました。これは、「IGVR 203334」の6410~6300年前(95.4%の信頼性)という年代や、現生人類的だとする形態学的な見解と整合的な結果です。
じゅうらいのDNA解析ではネアンデルタール人と区分されていた「IGVR 63017-5-MLS 3」や「IGVR 203334」からネアンデルタール人だという証拠が見つからず、現生人類のものだとさえ結果が覆った(IGVR 203334)理由について、じゅうらいの研究はポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によるDNAの短い配列の増幅に依拠しており、現在の配列技術よりも精度が劣るからではないか、とこの研究は指摘しています。また、この研究では分析できなかった「MLS 1」の以前のDNA解析結果についても、PCRによるDNA解析なので、汚染されたネアンデルタール人と現生人類のDNA配列の寄せ集めになっているかもしれない、と指摘されています。
この研究は、リパロメツェナ遺跡においてネアンデルタール人の遺骸の証拠が得られなかったことを指摘し、リパロメツェナ遺跡周辺において、後期更新世にネアンデルタール人と現生人類との共存があった、とする見解に慎重な姿勢を示しています。またこの研究は、新たな放射性炭素年代測定からも第1層の年代はかなり新しいと考えられるのに、完新世の人工物だけではなくムステリアン石器群も発見されていることに疑問を呈し、リパロメツェナ遺跡の形成過程の解明が必要だと指摘しています。この研究のように、再検証によりヨーロッパの旧石器時代の遺跡の年代・化石の人類系統の区分が見直されることは今後もありそうで、大いに注目されます。
参考文献:
Talamo S. et al.(2016): Direct radiocarbon dating and genetic analyses on the purported Neanderthal mandible from the Monti Lessini (Italy). Scientific Reports, 6, 29144.
http://dx.doi.org/10.1038/srep29144
この記事へのコメント