絶滅ホモ属から現生人類への適応的遺伝子移入

 これは12月25日分の記事として掲載しておきます。絶滅ホモ属から現生人類(Homo sapiens)への適応的遺伝子移入に関する研究(Racimo et al., 2017)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。現生人類がネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のデニソワ人(Denisovan)といった絶滅ホモ属との交雑により獲得した遺伝子のなかには適応度を高めるものもあり、現生人類のアフリカからの拡散に寄与したのではないか、との見解は今では広く認められていると思います。もっとも、絶滅したとはいっても、ネアンデルタール人やデニソワ人のDNAは現代人にわずかながら継承されているわけで、より正確には、ネアンデルタール人やデニソワ人の形態的・遺伝的特徴を一括して有する集団は現在では存在しない、と言うべきかもしれません。

 この研究は、現代人とネアンデルタール人やデニソワ人のゲノムデータを改めて比較し、遺伝子移入と正の選択の両方を含むモデルを検証しています。そこからこの研究は、絶滅ホモ属から現生人類へと継承された適応的遺伝子の候補について議論しています。そうした候補遺伝子のなかには、たとえばTBX15やWARS2があります。以前の研究(Fumagalli et al., 2015)では、これらの遺伝子の多様体がグリーンランドのイヌイットに見られる、と指摘されています。これらの遺伝子は、体脂肪の特定タイプから熱を発生させることで、イヌイットの寒冷適応に貢献しているのではないか、とも言われています。

 この研究は、イヌイットに見られるTBX15やWARS2の配列がデニソワ人とよく合致しており、他の現代人と異なることを指摘しています。この多様体はユーラシアにおいて低~中頻度で見られ、イヌイットやアメリカ大陸先住民集団においてとくに高頻度で確認されています。そのため、イヌイットに見られるTBX15やWARS2の多様体はデニソワ人に由来するのではないか、と考えられます。また、この領域において、デニソワ人のメチル化パターンはネアンデルタール人や現代人とは大きく異なることも明らかになりました。

 しかしこの研究は、絶滅ホモ属と現生人類との複雑な交雑史を想定せず、単純な1回の交雑モデルを採用したことと、現時点では絶滅ホモ属の高精度なゲノム配列の利用には限界があることから、慎重な見解を提示しています。イヌイットに見られるTBX15やWARS2の多様体をはじめとして、現代人に見られるネアンデルタール人やデニソワ人に由来すると考えられるゲノム領域のなかには、ネアンデルタール人やデニソワ人の亜集団か、まだDNAが解析されていないアフリカもしくはユーラシアの遺伝学的に未知の絶滅ホモ属集団に由来するかもしれない、というわけです。今後、絶滅ホモ属の高精度なゲノム配列の確定がさらに蓄積されていき、研究が進展することを期待しています。


参考文献:
Fumagalli M. et al.(2015): Greenlandic Inuit show genetic signatures of diet and climate adaptation. Science, 349, 6254, 1343-1347.
http://dx.doi.org/10.1126/science.aab2319

Racimo F. et al.(2017): Signatures of Archaic Adaptive Introgression in Present-Day Human Populations. Molecular Biology and Evolution, 34, 2, 296-317.
http://dx.doi.org/10.1093/molbev/msw216

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