大河ドラマ『真田丸』第44回「築城」

 これは11月7日分の記事として掲載しておきます。豊臣方と徳川方の戦いが迫り、牢人衆の提案を聞き入れて、秀頼も一度は出撃を決意するものの、母である茶々に説得され、籠城と決めます。幸村(信繁)は、大坂城で最も脆弱な南側に出城を造ろうと考えますが、後藤又兵衛も同じことを考えていました。幸村と又兵衛は話し合い、幸村は自分の策を打ち明け、又兵衛を説得して、南側に出城を造ることになり、陣立を考えます。幸村の陣立に秀頼は賛成しますが、牢人衆を信じられない織田有楽斎と大蔵卿局は反対し、又兵衛と毛利勝永は大坂城を出る、と言い出します。

 幸村は茶々を説得しますが、茶々も信繁は信用しているものの、他の牢人衆は信用しておらず、幸村の説得は失敗します。しかし、大野治長は覚悟を決め、大坂城の南側に出城を造ることを幸村に許可し、他の諸将の陣立も以前の案を認めます。これを知った有楽斎はただちに秀頼に進言し、秀頼の命と称して幸村に出城の築造を中止させます。これに憤った又兵衛と毛利勝永は大坂城を出る、と再度言い出します。そこへ秀頼が現れ、幸村に出城の築造を許可し、牢人衆を信じる、と宣言します。今回は、大坂城内の暗闘・駆け引きを中心に物語が進み、これまでに描かれてきたキャラを活かして、なかなか面白くなっていました。徳川方の人間模様もなかなか面白く描かれていましたし、「真田丸」にはかなりの予算が投じられているようなので、迫力のある映像が期待できそうです。

この記事へのコメント

kurozee
2016年11月06日 23:15
4000本達成おめでとうございます!私は主に古人類学カテゴリーをフォローしてきたのですが、お祝いを書こうと思っていたら今日が記録ということで、遅ればせながらコメントいたします。
特に意識して記録を作ろうとされていたわけではないと思いますが、1日平均1本以上の記事を、10以上ほぼ毎日アップされ続けられたと知って、これはとても人間業ではないと思いました。
古人類学の記事は、ボリュームのある英文の論文を読みこなされた上で紹介されてきたわけですから、それは常人のできる技ではないと思います。
私はひたすらフォローするのが精一杯ですが、どうかこれからも記録を伸ばしていただくことを、切にお願いいたします。
kurozee
2016年11月06日 23:17
誤植訂正。
10以上=>10年以上 でした。
ポッペリアン
2016年11月06日 23:42
こんばんは
4000本もの記事を執筆されてきたこと、本当に尊敬いたします。
真田丸については、いわゆる大坂編開始以降、ブログ主様とは逆に、私自身の評価が急降下してしまいましたので、最近はコメントさせていただくこともありませんが、記事自体はいつも拝見しております。
2016年11月07日 23:58
ありがとうございます。20年継続はまだずいぶん先なので、次は5000本を目標に頑張ります。
2016年11月09日 00:30
せっかくコメントを頂いたのに申し訳ありませんが、恥ずかしながらまたしても数え間違えていて、この記事も4000本目ではありませんでした。来週には4000本目に達しそうですが。コメントを頂いたお二人にはお詫び申し上げます。

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