服部龍二『田中角栄 昭和の光と闇』

 これは11月12日分の記事として掲載しておきます。講談社現代新書の一冊として、講談社より2016年9月に刊行されました。近年、田中角栄への注目が高まっているようで、バブル崩壊後、長期にわたって経済の低迷が続くなか、高度経済成長期を象徴する政治家の一人である田中への郷愁が強くなっているためかもしれません。本書は研究者による田中の伝記ということで、時代背景と田中の選択の影響・意義、さらには田中の個性について、断罪に偏るわけでも称賛に偏るわけでもなく、冷静な評価が提示されているように思います。だからといって、一般層にとってつまらない叙述になっているわけではなく、田中とその周囲の人間の人物像・思惑がなかなか活き活きと描写されており、読み物としても面白くなっているのではないか、と思います。

 本書は、新書という制約のなかで田中の生涯を丁寧にたどっているように思いますが、やはり、首相在任中の叙述が最も濃厚になっています。本書は、田中の功罪を冷静に評価しつつ、田中が退陣した最大の理由は経済失政にあった、と指摘します。上述したように、現在の田中角栄熱は高度経済成長期への郷愁のためだと思われますが、本書は、バラマキ予算を特徴として金で解決しようとする田中の政治手法は高度経済成長期に適合的なものであり、石油危機以降の低成長期には不向きだった、との評価を提示しています。したがって本書は、政治家としての田中は財政難で低成長の現代日本社会には不向きか、よく言って未知数ではないか、と指摘し、現在一部?で言われているような田中角栄待望論には冷ややかな姿勢を示しています。まあ、本書も認めるように田中は優秀な頭脳の持ち主なので、たとえば40年以上遅れて生まれてきて政治家を志すのであれば、政治手法もまた違うのではないか、とも思いますが。もっとも、その場合、首相にまで上り詰めることができたのか怪しい、とも言えそうですが。

 著者の専門が日本政治外交史・東アジア国際政治史ということもあって、外交に関する記述が多めなのも本書の特徴です。外交についてはやはり、首相在任中の記述が多めなのですが、首相就任前についても言及されています。首相就任前の田中は、外交や安全保障についてさほど関心は高くなく、同時代の自民党の政治家と比較して、とくに見識が優れていたというわけでもないようです。田中の外交というと、最大の功績とも言われる日中共同声明については、すでに著者による新書が刊行されているためか(関連記事)控えめで、その分、ヨーロッパ歴訪や資源外交についてやや詳しく解説されています。今年末(2016年12月)にロシアのプーチン大統領の訪日が予定されるなか、田中政権時の日ソ首脳会談が改めて注目されているようなので、その意味でも、本書は一般層の関心を惹きそうです。本書は、一般向けの田中の伝記として、長く読み続けられるだけの価値があるのではないか、と思います。

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