現生人類の出アフリカの回数(追記有)
これは9月24日分の記事として掲載しておきます。現生人類(Homo sapiens)の出アフリカの回数についての二つの研究が相次いで公表されました。この二つの研究はともにオンライン版での先行公開となります。一方の研究(Mallick et al., 2016)と報道 では、142の多様な集団から得られた300人の高精度なゲノム配列に基づく分析が取り上げられています。この研究では、51集団から各2人のゲノムが選択され、次に、ゲノム規模の研究では以前には含まれていなかった、アメリカ大陸先住民・南アジア人・アフリカ人集団を含む他の91集団の人々からゲノムが選択されました。こうして得られたゲノム配列のなかには、参照ゲノムには存在しない塩基対が少なくとも580万も含まれています。
これらのゲノム配列に基づく分析の結果、現代人の各集団のいくつかは10万年前頃までに実質的に分岐していた、と明らかになりました。これは、「現代的行動」が考古学的証拠で明確に証明される前のことだ、と指摘されています。また、非アフリカ系現代人集団は単一の出アフリカ現生人類集団から分岐したのであり、オーストラリアの先住民やニューギニア人やアンダマン諸島人も、一部の現生人類早期拡散説で想定されるような、他の非アフリカ系現代人の祖先集団よりも前にアフリカ系と分岐した集団の子孫ではない、と指摘されています。また、出アフリカ後の現生人類の急速な社会的変化の理由として、環境・生活様式・遺伝子などを含む複数の要因が想定されています。
もう一方の研究(Pagani et al., 2016)と報道では、世界規模の148集団からの483人の高精度なゲノム配列に基づく分析が取り上げられています。この研究は、非アフリカ系現代人集団は基本的に主要な1回の出アフリカ集団の子孫であるものの、パプア人のゲノムの少なくとも2%は、その主要な出アフリカ以前にアフリカ系現生人類集団と分岐し、出アフリカを果たした現生人類集団に由来する、と推測しています。このパプア人のゲノムの2%に関しては、アフリカのヨルバ人とパプア人との分岐年代が12万年前頃と推定されています。この早期出アフリカ現生人類集団のゲノムは、ごく一部がパプア人に継承されているものの、基本的には絶滅した、と考えられています。
非アフリカ系現代人の主要な遺伝子源は、75000年前頃(この年代は確定的ではなく、前後する可能性はありますが)の1回の出アフリカ現生人類集団に由来するものの、それ以前にも現生人類の出アフリカは起きており、非アフリカ系現代人の一部に早期の出アフリカ現生人類集団のゲノムがわずかながら継承されているのではないか、というわけです。この研究は、パプア人にわずかながらそうしたゲノムが継承された理由として、ウォレス線が障壁となっていた可能性を指摘しています。主要な出アフリカ現生人類集団の前に出アフリカを果たした現生人類集団のゲノムは、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と同様に、一部の現代人にわずかながら継承されているものの、そうした早期の出アフリカ現生人類の特徴を形態学的・遺伝学的に一括して有する集団は絶滅した、ということなのでしょう。今後、解析数が増えていけば、そうした早期の出アフリカ現生人類集団の遺伝的痕跡がいくつかの地域集団で見つかる可能性は低くないでしょう。
参考文献:
Mallick S. et al.(2016): The Simons Genome Diversity Project: 300 genomes from 142 diverse populations. Nature, 538, 7624, 201–206.
https://doi.org/10.1038/nature18964
Pagani L. et al.(2016): Genomic analyses inform on migration events during the peopling of Eurasia. Nature, 538, 7624, 238–242.
https://doi.org/10.1038/nature19792
追記(2016年10月13日)
論文が『ネイチャー』本誌に掲載されたので、以下に『ネイチャー』の日本語サイトから引用します。
集団遺伝学:サイモンズゲノム多様性プロジェクト:142の多様な集団からの300人のゲノム
集団遺伝学:ゲノム解析で明らかになった、人類のユーラシア定住の際の移動事象
Cover Story:古代の移動を記憶するDNA:787例のゲノム塩基配列によって明らかになった初期人類の分散
今週号では3つの国際共同研究チームが、地理的に異なる多様な集団に属する個人から得られた計787例の高品質ゲノムについて報告している。D Reichたちは、142集団に由来する300人の全ゲノム塩基配列の解析を行い、非アフリカ人はアフリカ人との分岐後に、アフリカ人に比べて変異蓄積速度が加速したと推定されること、またオーストラリア先住民、ニューギニア人、アンダマン諸島人の実質的な祖先は、現生人類の初期の分散に由来せず、他の非アフリカ人と同じ起源を持つと考えられることを明らかにしている。E Willerslevたちは、オーストラリアの先住民であるアボリジニ83人およびニューギニア島の先住民であるパプア高地人25人の全ゲノム塩基配列データを得て、オーストラリア・アボリジニとパプア人は、単一の出アフリカ分散事象の後、7万2000~5万1000年前にユーラシア人集団から分岐したと推定している。一方、L Paganiたちは、世界各地の125の集団に属する483人から得た高カバー率のヒトゲノムデータセットを報告しており、その中には125の集団に由来する379例の新規ゲノムが含まれている。Paganiたちの分析結果は、全ての非アフリカ人集団は、その遺伝的祖先の大部分が最近起こった単一の出アフリカ分散事象に由来するというモデルを裏付けているが、パプア人にはそれ以前の人類の広がりの痕跡が見られることを示している。表紙画はMarkus Kasemaaによる「A genetic improvisation on a world map」。
これらのゲノム配列に基づく分析の結果、現代人の各集団のいくつかは10万年前頃までに実質的に分岐していた、と明らかになりました。これは、「現代的行動」が考古学的証拠で明確に証明される前のことだ、と指摘されています。また、非アフリカ系現代人集団は単一の出アフリカ現生人類集団から分岐したのであり、オーストラリアの先住民やニューギニア人やアンダマン諸島人も、一部の現生人類早期拡散説で想定されるような、他の非アフリカ系現代人の祖先集団よりも前にアフリカ系と分岐した集団の子孫ではない、と指摘されています。また、出アフリカ後の現生人類の急速な社会的変化の理由として、環境・生活様式・遺伝子などを含む複数の要因が想定されています。
もう一方の研究(Pagani et al., 2016)と報道では、世界規模の148集団からの483人の高精度なゲノム配列に基づく分析が取り上げられています。この研究は、非アフリカ系現代人集団は基本的に主要な1回の出アフリカ集団の子孫であるものの、パプア人のゲノムの少なくとも2%は、その主要な出アフリカ以前にアフリカ系現生人類集団と分岐し、出アフリカを果たした現生人類集団に由来する、と推測しています。このパプア人のゲノムの2%に関しては、アフリカのヨルバ人とパプア人との分岐年代が12万年前頃と推定されています。この早期出アフリカ現生人類集団のゲノムは、ごく一部がパプア人に継承されているものの、基本的には絶滅した、と考えられています。
非アフリカ系現代人の主要な遺伝子源は、75000年前頃(この年代は確定的ではなく、前後する可能性はありますが)の1回の出アフリカ現生人類集団に由来するものの、それ以前にも現生人類の出アフリカは起きており、非アフリカ系現代人の一部に早期の出アフリカ現生人類集団のゲノムがわずかながら継承されているのではないか、というわけです。この研究は、パプア人にわずかながらそうしたゲノムが継承された理由として、ウォレス線が障壁となっていた可能性を指摘しています。主要な出アフリカ現生人類集団の前に出アフリカを果たした現生人類集団のゲノムは、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と同様に、一部の現代人にわずかながら継承されているものの、そうした早期の出アフリカ現生人類の特徴を形態学的・遺伝学的に一括して有する集団は絶滅した、ということなのでしょう。今後、解析数が増えていけば、そうした早期の出アフリカ現生人類集団の遺伝的痕跡がいくつかの地域集団で見つかる可能性は低くないでしょう。
参考文献:
Mallick S. et al.(2016): The Simons Genome Diversity Project: 300 genomes from 142 diverse populations. Nature, 538, 7624, 201–206.
https://doi.org/10.1038/nature18964
Pagani L. et al.(2016): Genomic analyses inform on migration events during the peopling of Eurasia. Nature, 538, 7624, 238–242.
https://doi.org/10.1038/nature19792
追記(2016年10月13日)
論文が『ネイチャー』本誌に掲載されたので、以下に『ネイチャー』の日本語サイトから引用します。
集団遺伝学:サイモンズゲノム多様性プロジェクト:142の多様な集団からの300人のゲノム
集団遺伝学:ゲノム解析で明らかになった、人類のユーラシア定住の際の移動事象
Cover Story:古代の移動を記憶するDNA:787例のゲノム塩基配列によって明らかになった初期人類の分散
今週号では3つの国際共同研究チームが、地理的に異なる多様な集団に属する個人から得られた計787例の高品質ゲノムについて報告している。D Reichたちは、142集団に由来する300人の全ゲノム塩基配列の解析を行い、非アフリカ人はアフリカ人との分岐後に、アフリカ人に比べて変異蓄積速度が加速したと推定されること、またオーストラリア先住民、ニューギニア人、アンダマン諸島人の実質的な祖先は、現生人類の初期の分散に由来せず、他の非アフリカ人と同じ起源を持つと考えられることを明らかにしている。E Willerslevたちは、オーストラリアの先住民であるアボリジニ83人およびニューギニア島の先住民であるパプア高地人25人の全ゲノム塩基配列データを得て、オーストラリア・アボリジニとパプア人は、単一の出アフリカ分散事象の後、7万2000~5万1000年前にユーラシア人集団から分岐したと推定している。一方、L Paganiたちは、世界各地の125の集団に属する483人から得た高カバー率のヒトゲノムデータセットを報告しており、その中には125の集団に由来する379例の新規ゲノムが含まれている。Paganiたちの分析結果は、全ての非アフリカ人集団は、その遺伝的祖先の大部分が最近起こった単一の出アフリカ分散事象に由来するというモデルを裏付けているが、パプア人にはそれ以前の人類の広がりの痕跡が見られることを示している。表紙画はMarkus Kasemaaによる「A genetic improvisation on a world map」。
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