宇野重規『保守主義とは何か 反フランス革命から現代日本まで』

 これは8月3日分の記事として掲載しておきます。中公新書の一冊として、中央公論新社から2016年6月に刊行されました。広く使われている用語ほど、定義が難しく、見解の分かれることが多い、と私は昔から考えているのですが、保守主義もその一例と言えるかもしれません。本書は、過去に価値を見出し、変化を嫌うような思考は人類社会に普遍的であるものの、それは保守主義とは異なり、保守主義は自覚的な近代思想である、と指摘します。

 保守主義論ではエドマンド=バーク(Edmund Burke)に起点を見出すことが多いように思われますが、本書も同様です。保守主義とは、急進的な設計主義たる進歩主義へのいわば対抗思想であり、保守すべき価値観・体制を見出し、漸進的な変革を目指すものだ、と本書は指摘します。この進歩主義は、バークの時代にあってはフランス革命の急進主義であり、20世紀になると社会主義が大きな力を有することになります。なお、バークにとっての保守すべき体制とは、いわゆる名誉革命により成立したイギリスの国制であり、そこで保障された自由でした。保守主義の根底には人間の限界への深い洞察があり、人間の理性への(保守主義の側から見ると)際限なしとも言える信頼を根底に置く進歩主義への批判があります。

 本書は、このようにイギリスで発展した保守主義が、アメリカ合衆国で発展・変容していく様相と、近代日本における保守主義の様相、さらにそもそも保守主義は日本で根づいていたのか、ということを論じていきます。アメリカ合衆国では、「大きな政府」への批判のなかで、保守主義が変容していくとともに、新保守主義といった、じゅうらいの保守主義から見ると異質な思想が重要な思潮となっていったことが概観されます。日本においては、そもそも保守主義が根づいていたのか、という疑問を提示しつつ、伊藤博文・陸奥宗光・原敬に近代日本における「保守本流」を見出しています。

 本書執筆の動機として、保守主義の迷走とも言うべき現状への懸念があるように思われます。保守主義は進歩主義への対抗思想として形成されていきましたが、社会主義の凋落に象徴される進歩主義への懐疑の高まりにより、保守主義は何を保守すべきなのか、何に対抗すべきなのか、見失っているのではないか、というわけです。アメリカ合衆国や日本の現状への懸念も、そうした文脈で解説されています。その意味で、保守主義の歴史的展開を平易に解説した本書の現代社会における意義は大きいのではないか、と思います。

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