立山良司『ユダヤとアメリカ 揺れ動くイスラエル・ロビー』

 中公新書の一冊として、中央公論新社から2016年6月に刊行されました。アメリカ合衆国におけるユダヤ社会の動向の変遷が、イスラエルとの関係を軸に分析されています。アメリカ合衆国におけるイスラエル・ロビーというかユダヤ・ロビーの大きな影響力は、現代日本社会でもよく知られているでしょう。これが誇張されると、ユダヤ陰謀論になってしまうわけですが、日本社会でも一時期、ユダヤ陰謀論を主張する本がわりとよく売れ、今でもユダヤ陰謀論は一定以上の影響力を有しているかもしれません。もちろん本書の見解は、ユダヤを一体的なものとみて、他集団を見下して邪悪な目標のために統一的に行動している、というようなユダヤ陰謀論とは一線を画しており、アメリカ合衆国におけるユダヤ社会の多様性と、アメリカ合衆国およびイスラエルの社会変化に伴う変容を丁寧に解説しています。

 アメリカ合衆国のユダヤ社会では、自らも少数派で差別的境遇を経験してきたこともあってか、リベラル派が多く、昔も今も民主党支持者が多いことが特徴になっています。しかし、1970年代以降、アメリカ合衆国においてユダヤ社会と共和党との結びつきが強くなっていきます。これは、アメリカ合衆国において宗教的信念からイスラエルに好意的なキリスト教福音派が伸長し、その保守主義的傾向から共和党と強く結びつき、共和党の票田になっていったことも大きいようです。このようにユダヤ社会が共和党との結びつきも強めていったことで、第二次中東戦争のさいにはイスラエルの意向に反する行動をとったこともあるようなアメリカ合衆国は、イスラエルとの関係をさらに強めていき、両国は特別な関係と称されるようになります。イスラエル・ロビーはアメリカ合衆国において強大な影響力を有するようになります。

 しかし、1980年代以降、アメリカ合衆国においてリベラルと保守の二極分化が、イスラエルにおいて民族主義的傾向が強まっていくと、状況が変わっていきます。上述したように、元々アメリカ合衆国のユダヤ社会ではリベラル派が多く、キリスト教保守勢力と結びついて共和党と密接な関係を築いていくことや、イスラエルにおいて民族主義的傾向が強まっていくことにたいして、若い世代を中心に反発が高まっていき、それまではイスラエルの政策にたいして批判を自重する傾向が強かったのにたいして、公然と反対する勢力が出現するようになります。これには、ホロコーストを経験するかその記憶が生々しかった世代にとって、イスラエルは緊急避難場所であり、イスラエルの政策への批判は「イスラエルの敵を利することになる」という意識が強かったのにたいして、それよりも若い世代にとって、イスラエルは中東における強国であり、古い世代の被害者的感覚・観念は共有されづらい、という事情があるようです。アメリカ合衆国におけるユダヤ社会の意識の多様性と変容を知るうえで、本書は適切な入門書になっているように思います。

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