ベルギーで確認されたネアンデルタール人の食人行為
これは7月8日分の記事として掲載しておきます。ネアンデルタール人の食人行為に関する研究(Rougier et al., 2016)が報道されました。本論文が分析対象としたのは、マース川沿いにあるベルギー南部のゴイエット(Goyet)の「第三洞窟(Troisième caverne)」遺跡です。第三洞窟遺跡では、中部旧石器時代から上部旧石器時代にかけての豊富な考古学的痕跡が確認されており、さらには、新石器時代やいわゆる有史時代の考古学的痕跡も見られます。
第三洞窟遺跡の中部旧石器時代から上部旧石器時代にかけては、ムステリアン(Mousterian)→LRJ(Lincombian-Ranisian-Jerzmanowician)→オーリナシアン(Aurignacian)→グラヴェティアン(Gravettian)→マグダレニアン(Magdalenian)という文化の変遷が確認されています。なお、ムステリアンに関しては、単一段階なのか複数段階なのか、現時点では識別できない、と指摘されています。第三洞窟のネアンデルタール人がどの文化と関連しているのか、現時点の証拠からは断定できない、と指摘されています。
第三洞窟遺跡では、異なる時代の283点の人類標本が識別され、そのうち96点の歯と3点の遊離した歯がネアンデルタール人と分類されています。本論文は、これらのネアンデルタール人標本を、形態的・化学的(安定同位体分析)・遺伝学的に分析し、総合的な検証結果を提示しています。ネアンデルタール人標本のうち10点は直接的な放射性炭素年代測定法により年代が推定され、較正年代でおおむね45500~40500年前という結果が得られました。1点のみ、較正年代で36510~35630年前頃という結果が得られましたが、試料汚染が疑われています。
ネアンデルタール人標本のうち10点からはDNAが抽出され、少なくとも5人分が識別されました(4人の思春期もしくは成人と1人の子供)。完全もしくはほぼ完全な7点のミトコンドリアDNAの分析では、明確に異なる3系統に区分されました。これらはすべて、既知のネアンデルタール人の遺伝的多様性の範囲に収まり、アルタイなど東方のネアンデルタール人よりも西ヨーロッパのネアンデルタール人の方と遺伝的に近いことが明らかになりました。こうした後期ネアンデルタール人の遺伝的多様性の低さは、ネアンデルタール人の人口規模の小ささを反映しているかもしれません。
ネアンデルタール人の骨格の分析では、少なくとも35人が識別されました。このなかには、解体痕(cut marks)・打撃痕(percussion marks)・修正痕(retouching marks)といった人為的損傷が見られました。これらネアンデルタール人の人為的損傷の痕跡はゴイエット洞窟のウマやトナカイの骨と同様であり、皮を剥ぐ・解体する・骨髄を抽出するという過程を経た食人行為であることを示しています。これは、アルプス以北のヨーロッパでは初となる、ネアンデルタール人の食人行為の事例となります。もっとも、ネアンデルタール人の骨には燃焼の痕跡が見られません。ただ、茹でられた可能性も否定できない、と指摘されています。食人が行なわれるような状況では、燃やすための材料の調達も容易ではない、ということかもしれません。こうした食人行為が、単に食事目的なのか、それとも何らかの象徴的行動なのか、まだ判断するのは難しい、と本論文は指摘しています。
ネアンデルタール人の骨の修正痕は、1点の大腿骨と3点の脛骨で見られました。これは、石器製作のために骨を道具として用いたのではないか、と解釈されています。同年代の近隣地域では、ネアンデルタール人の遺骸が第三洞窟のように扱われず埋葬が見られるなど、この地域の後期ネアンデルタール人は遺伝的多様性が低いにも関わらず、埋葬や食人行為やネアンデルタール人には珍しい骨を道具として使用する行為など行動的多様性が見られる、と指摘されています。もし、第三洞窟のネアンデルタール人の食人行為に象徴的な意味があるとしたら、この地域の後期ネアンデルタール人の行動的多様性はさらに高かったことになります。これは、ネアンデルタール人の行動が一定水準以上柔軟だったことを示しているのかもしれません。
参考文献:
Rougier H. et al.(2016): Neandertal cannibalism and Neandertal bones used as tools in Northern Europe. Scientific Reports, 6, 29005.
http://dx.doi.org/10.1038/srep29005
第三洞窟遺跡の中部旧石器時代から上部旧石器時代にかけては、ムステリアン(Mousterian)→LRJ(Lincombian-Ranisian-Jerzmanowician)→オーリナシアン(Aurignacian)→グラヴェティアン(Gravettian)→マグダレニアン(Magdalenian)という文化の変遷が確認されています。なお、ムステリアンに関しては、単一段階なのか複数段階なのか、現時点では識別できない、と指摘されています。第三洞窟のネアンデルタール人がどの文化と関連しているのか、現時点の証拠からは断定できない、と指摘されています。
第三洞窟遺跡では、異なる時代の283点の人類標本が識別され、そのうち96点の歯と3点の遊離した歯がネアンデルタール人と分類されています。本論文は、これらのネアンデルタール人標本を、形態的・化学的(安定同位体分析)・遺伝学的に分析し、総合的な検証結果を提示しています。ネアンデルタール人標本のうち10点は直接的な放射性炭素年代測定法により年代が推定され、較正年代でおおむね45500~40500年前という結果が得られました。1点のみ、較正年代で36510~35630年前頃という結果が得られましたが、試料汚染が疑われています。
ネアンデルタール人標本のうち10点からはDNAが抽出され、少なくとも5人分が識別されました(4人の思春期もしくは成人と1人の子供)。完全もしくはほぼ完全な7点のミトコンドリアDNAの分析では、明確に異なる3系統に区分されました。これらはすべて、既知のネアンデルタール人の遺伝的多様性の範囲に収まり、アルタイなど東方のネアンデルタール人よりも西ヨーロッパのネアンデルタール人の方と遺伝的に近いことが明らかになりました。こうした後期ネアンデルタール人の遺伝的多様性の低さは、ネアンデルタール人の人口規模の小ささを反映しているかもしれません。
ネアンデルタール人の骨格の分析では、少なくとも35人が識別されました。このなかには、解体痕(cut marks)・打撃痕(percussion marks)・修正痕(retouching marks)といった人為的損傷が見られました。これらネアンデルタール人の人為的損傷の痕跡はゴイエット洞窟のウマやトナカイの骨と同様であり、皮を剥ぐ・解体する・骨髄を抽出するという過程を経た食人行為であることを示しています。これは、アルプス以北のヨーロッパでは初となる、ネアンデルタール人の食人行為の事例となります。もっとも、ネアンデルタール人の骨には燃焼の痕跡が見られません。ただ、茹でられた可能性も否定できない、と指摘されています。食人が行なわれるような状況では、燃やすための材料の調達も容易ではない、ということかもしれません。こうした食人行為が、単に食事目的なのか、それとも何らかの象徴的行動なのか、まだ判断するのは難しい、と本論文は指摘しています。
ネアンデルタール人の骨の修正痕は、1点の大腿骨と3点の脛骨で見られました。これは、石器製作のために骨を道具として用いたのではないか、と解釈されています。同年代の近隣地域では、ネアンデルタール人の遺骸が第三洞窟のように扱われず埋葬が見られるなど、この地域の後期ネアンデルタール人は遺伝的多様性が低いにも関わらず、埋葬や食人行為やネアンデルタール人には珍しい骨を道具として使用する行為など行動的多様性が見られる、と指摘されています。もし、第三洞窟のネアンデルタール人の食人行為に象徴的な意味があるとしたら、この地域の後期ネアンデルタール人の行動的多様性はさらに高かったことになります。これは、ネアンデルタール人の行動が一定水準以上柔軟だったことを示しているのかもしれません。
参考文献:
Rougier H. et al.(2016): Neandertal cannibalism and Neandertal bones used as tools in Northern Europe. Scientific Reports, 6, 29005.
http://dx.doi.org/10.1038/srep29005
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