更新世ヨーロッパの壁画の幾何学的な記号

 これは6月5日分の記事として掲載しておきます。更新世ヨーロッパの壁画の幾何学的な記号に関する見解が報道されました。この見解によると、更新世ヨーロッパの壁画の幾何学的な記号は、約3万年間で32種類が用いられたにすぎない、とのことです。そこから、こうした記号は情報の伝達手段として用いられ、文字発達の長い歴史の原型となったのではないか、と推測されています。こうした記号は、更新世のフランス地域においては、少しずつ増えていったのではなく、その3/4近くが当初から使用されていた、と指摘されています。ヨーロッパ全域でもそのような傾向が認められたため、こうした幾何学的な記号は、更新世のヨーロッパではなく、現生人類(Homo sapiens)の起源地であるアフリカで発明されたのではないか、と推測されています。

 こうした幾何学的な記号が用いられた目的について、当初は「話し言葉を組織的に表記したもの」である表記体系とも考えられました。しかし、表記体系と考えるには種類が少ないので、言葉を表記したものではない、と判断されました。ではこうした幾何学的な記号が何なのかというと、たとえば曲がりくねった線は、川か何かの地形を表した地図のようなものではないか、と推測されています。シカの歯のネックレスに刻まれた線は、重要な儀式の執行や部族の起源を物語る祭司の覚え書きとして使われていたのではないか、と推測されています。こうした幾何学的な記号は情報を保存するためのもので、絵による情報伝達の一種であり、それがやがて文字へと変化していったのではないか、との見通しが提示されています。

 なかなか興味深い見解であり、今後の研究の進展が期待されます。こうした幾何学的な記号をアフリカで現生人類が発明した、という仮説は魅力的です。しかし、南アフリカ共和国で発見された、ブロンボス洞窟の(Blombos Cave)の線刻などはあるものの、まだ考古学的な証拠が乏しいことは否めません。また、ホモ属では、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)が岩盤に意図的な十字模様の線刻を(関連記事)、エレクトス(Homo erectus)が貝に線刻を残した可能性が指摘されています(関連記事)。ホモ属の少なからぬ系統は記号を用いることのできるだけの認知能力を有しており、現生人類においてとくにそれが発達したのかもしれません。

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