2016年度アメリカ自然人類学会総会(ネアンデルタール人と現生人類の交雑について)
取り上げるのが遅れましたが、今年(2016年)の4月12日~4月16日にかけて、アメリカ合衆国ジョージア州アトランタ市で第85回アメリカ自然人類学会総会が開催されました。アメリカ自然人類学会総会では、最新の研究成果が多数報告されるだけに、古人類学に関心のある私は大いに注目しています。総会での各報告の要約はPDFファイルで公表されているのですが、まだいくつかの報告を読んだだけです。とりあえず今回は、とくに興味深いと思ったネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と現生人類(Homo sapiens)の交雑についての報告(Ambrose, and Hirbo., 2016)を取り上げます。今後、興味のある報告をこのブログで取り上げた場合は、この記事にトラックバックを送ることにします。
現生人類とネアンデルタール人や種区分未定のデニソワ人(Denisovan)との交雑は、今ではほぼ定説として認められていると思います。しかし本報告は、この解釈が本当に適切なのか、疑問を呈しています。現生人類とネアンデルタール人との間に交雑があった、との解釈の根拠は、非アフリカ系現代人全員とネアンデルタール人との間で遺伝的多様体が共有されている一方で、アフリカ系現代人とネアンデルタール人との間ではそれが見られない、というものです(関連記事)。
しかし本報告は、そのさいに比較対象となった(サハラ砂漠以南の)アフリカ系現代人がヨルバ人とサン人のみであり、他地域よりもずっと遺伝的多様性の高いアフリカ系現代人をこの2集団にのみ反映させることはできないとして、もっと多くのアフリカ系現代人と比較しないと、現生人類とネアンデルタール人との交雑は確定したとは言えない、と指摘しています。本報告はその根拠として、たとえばケニアのマサイ人にはネアンデルタール人との交雑の痕跡が見られる一方で、同じくケニアの、アフリカ西部に遺伝的起源のあるルヒヤ人にはそれが見られない、という解析結果を提示しています。
本報告は、ネアンデルタール人と非アフリカ系現代人との間での遺伝的多様体の共有については、非アフリカ系現代人の祖先集団である出アフリカ現生人類集団とネアンデルタール人との交雑という解釈とともに、遺伝的浮動によるという解釈も検証されるべきだ、と指摘しています。本報告は、デニソワ人と非アフリカ系現代人の一部の祖先集団との交雑という解釈も同様の問題を抱えているとして、デニソワ人と現生人類との交雑も検証されるべきだ、と指摘しています。
本報告の懸念にはもっともなところがあると思いますが、ネアンデルタール人と現生人類との交雑に関しては、今では多くのアフリカ系現代人も対象となっており、ネアンデルタール人と現生人類との交雑という解釈が否定される可能性は低いと思います。たとえば、免疫に関連する遺伝子のハプロタイプに関しては、やはりアフリカ系現代人各地域集団にネアンデルタール人由来のものが皆無かほとんどなく、一方で非アフリカ系現代人には広く見られる(見られない地域集団もありますが)、ということが明らかになっています(関連記事)。
アフリカ系現代人の一部にネアンデルタール人との交雑の痕跡が見られる理由としてまず考えられるのは、イスラーム勢力や帝国主義時代のヨーロッパ勢力のアフリカにおける拡大です。そうした「有史時代」というか完新世の比較的新しい動向に限らず、アフリカ人のゲノム多様性の研究から、アフリカの地域集団と出アフリカを果たしたユーラシアの地域集団との、10500~7500年前頃や3200~2400年前頃の交雑の痕跡が確認されています( 関連記事)。また、3000年前頃のユーラシア西部からアフリカへの人間の移住(ユーラシアに進出したアフリカ起源の人間がアフリカに進出したということで、「逆流」と呼ばれています)の規模が、じゅうらいの推定よりも大規模で広範なものだったのではないか、との見解も提示されています(関連記事)。
こうした研究成果を踏まえると、非アフリカ系現代人の祖先集団である出アフリカ現生人類集団が各地域集団系統に分岐する前にネアンデルタール人と交雑し、その出アフリカ現生人類集団の一部がアフリカに「逆流」していった、と考えるのが現時点でも妥当であるように思います。なお、現生人類とネアンデルタール人の交雑については、出アフリカ現生人類集団が各地域集団系統に分岐した後にも、複数回起きた可能性が指摘されています(関連記事)。デニソワ人と現生人類との交雑については、出アフリカ現生人類集団が各地域集団系統に分岐した後、一部の系統がデニソワ人と交雑した、と考えるのが現時点では妥当だと思います。
アメリカ自然人類学会総会に関するこのブログの過去の記事は以下の通りです。
2015年度(第84回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201504article_15.html
2014年度(第83回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201404article_22.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201404article_34.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201404article_37.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201405article_5.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201405article_7.html
2013年度(第82回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201304article_30.html
2012年度(第81回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201204article_20.html
2011年度(第80回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201104article_27.html
2010年度(第79回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201004article_23.html
2009年度(第78回)
https://sicambre.seesaa.net/article/200905article_27.html
2008年度(第77回)
https://sicambre.seesaa.net/article/200804article_20.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200804article_28.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200804article_32.html
2007年度(第76回)
https://sicambre.seesaa.net/article/200703article_32.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200704article_11.html
参考文献:
Ambrose SH, and Hirbo J.(2016): Is Neanderthal-Human Genetic Admixture in Eurasians Actually African Ancestry? The 85th Annual Meeting of the AAPA.
現生人類とネアンデルタール人や種区分未定のデニソワ人(Denisovan)との交雑は、今ではほぼ定説として認められていると思います。しかし本報告は、この解釈が本当に適切なのか、疑問を呈しています。現生人類とネアンデルタール人との間に交雑があった、との解釈の根拠は、非アフリカ系現代人全員とネアンデルタール人との間で遺伝的多様体が共有されている一方で、アフリカ系現代人とネアンデルタール人との間ではそれが見られない、というものです(関連記事)。
しかし本報告は、そのさいに比較対象となった(サハラ砂漠以南の)アフリカ系現代人がヨルバ人とサン人のみであり、他地域よりもずっと遺伝的多様性の高いアフリカ系現代人をこの2集団にのみ反映させることはできないとして、もっと多くのアフリカ系現代人と比較しないと、現生人類とネアンデルタール人との交雑は確定したとは言えない、と指摘しています。本報告はその根拠として、たとえばケニアのマサイ人にはネアンデルタール人との交雑の痕跡が見られる一方で、同じくケニアの、アフリカ西部に遺伝的起源のあるルヒヤ人にはそれが見られない、という解析結果を提示しています。
本報告は、ネアンデルタール人と非アフリカ系現代人との間での遺伝的多様体の共有については、非アフリカ系現代人の祖先集団である出アフリカ現生人類集団とネアンデルタール人との交雑という解釈とともに、遺伝的浮動によるという解釈も検証されるべきだ、と指摘しています。本報告は、デニソワ人と非アフリカ系現代人の一部の祖先集団との交雑という解釈も同様の問題を抱えているとして、デニソワ人と現生人類との交雑も検証されるべきだ、と指摘しています。
本報告の懸念にはもっともなところがあると思いますが、ネアンデルタール人と現生人類との交雑に関しては、今では多くのアフリカ系現代人も対象となっており、ネアンデルタール人と現生人類との交雑という解釈が否定される可能性は低いと思います。たとえば、免疫に関連する遺伝子のハプロタイプに関しては、やはりアフリカ系現代人各地域集団にネアンデルタール人由来のものが皆無かほとんどなく、一方で非アフリカ系現代人には広く見られる(見られない地域集団もありますが)、ということが明らかになっています(関連記事)。
アフリカ系現代人の一部にネアンデルタール人との交雑の痕跡が見られる理由としてまず考えられるのは、イスラーム勢力や帝国主義時代のヨーロッパ勢力のアフリカにおける拡大です。そうした「有史時代」というか完新世の比較的新しい動向に限らず、アフリカ人のゲノム多様性の研究から、アフリカの地域集団と出アフリカを果たしたユーラシアの地域集団との、10500~7500年前頃や3200~2400年前頃の交雑の痕跡が確認されています( 関連記事)。また、3000年前頃のユーラシア西部からアフリカへの人間の移住(ユーラシアに進出したアフリカ起源の人間がアフリカに進出したということで、「逆流」と呼ばれています)の規模が、じゅうらいの推定よりも大規模で広範なものだったのではないか、との見解も提示されています(関連記事)。
こうした研究成果を踏まえると、非アフリカ系現代人の祖先集団である出アフリカ現生人類集団が各地域集団系統に分岐する前にネアンデルタール人と交雑し、その出アフリカ現生人類集団の一部がアフリカに「逆流」していった、と考えるのが現時点でも妥当であるように思います。なお、現生人類とネアンデルタール人の交雑については、出アフリカ現生人類集団が各地域集団系統に分岐した後にも、複数回起きた可能性が指摘されています(関連記事)。デニソワ人と現生人類との交雑については、出アフリカ現生人類集団が各地域集団系統に分岐した後、一部の系統がデニソワ人と交雑した、と考えるのが現時点では妥当だと思います。
アメリカ自然人類学会総会に関するこのブログの過去の記事は以下の通りです。
2015年度(第84回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201504article_15.html
2014年度(第83回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201404article_22.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201404article_34.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201404article_37.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201405article_5.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201405article_7.html
2013年度(第82回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201304article_30.html
2012年度(第81回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201204article_20.html
2011年度(第80回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201104article_27.html
2010年度(第79回)
https://sicambre.seesaa.net/article/201004article_23.html
2009年度(第78回)
https://sicambre.seesaa.net/article/200905article_27.html
2008年度(第77回)
https://sicambre.seesaa.net/article/200804article_20.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200804article_28.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200804article_32.html
2007年度(第76回)
https://sicambre.seesaa.net/article/200703article_32.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200704article_11.html
参考文献:
Ambrose SH, and Hirbo J.(2016): Is Neanderthal-Human Genetic Admixture in Eurasians Actually African Ancestry? The 85th Annual Meeting of the AAPA.
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