古代DNAの解析でより詳細になる人類の進化史

 これは6月21日分の記事として掲載しておきます。近年の古代人類のDNA解析を概観した研究(Slatkin, and Racimo., 2016)が公表されました。古代の現生人類(Homo sapiens)のみならず、すでに絶滅した人類系統であるネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のデニソワ人(Denisovan)のDNA解析は近年目覚ましい発展を遂げており、私のような非専門家にはその概要を把握するのがなかなか難しくなっています。そうした状況で、近年の研究成果を概観した本論文の意義は大きいと思います。

 本論文は古代DNAの解析について、試料汚染の問題も含めて研究史にも簡潔に言及し、近年の諸研究成果を簡潔にまとめています。本論文でも指摘されているように、今では現生人類とネアンデルタール人・デニソワ人との交雑が認められています。しかし、現代人のゲノム解析から、ネアンデルタール人と現生人類との交雑の可能性が指摘されていたにも関わらず、ネアンデルタール人のミトコンドリアDNAの解析から、ネアンデルタール人と現生人類との交雑には否定的な見解が主流でした。単系統遺伝での交雑の有無の判断が難しいことを改めて思い知らされます。

 本論文は、これまでにネアンデルタール人・デニソワ人と現生人類との交雑について明らかになっていることを簡潔に概観しています。非アフリカ系現代人は全員、ネアンデルタール人由来のゲノム領域を一部有している一方で、アフリカ系現代人にはネアンデルタール人由来のゲノム領域がほとんど見られません。そのため、アフリカからユーラシアに進出した非アフリカ系現代人の祖先集団が、おそらくは中東で交雑した、と考えられています。

 また、ネアンデルタール人の生息範囲から考えて予想外のことでしたが、現代東アジア系の方が現代ヨーロッパ系よりもネアンデルタール人由来のゲノム領域の割合が高いことも明らかになっています。これに関しては、東アジア系の祖先集団がヨーロッパ系の祖先集団と分岐した後に東方でさらにネアンデルタール人と交雑したか、ヨーロッパ系の祖先集団がネアンデルタール人と交雑しなかった別の現生人類集団と交雑したことにより、ネアンデルタール人由来のゲノム領域の割合が低くなってしまった、という可能性が提示されています。ヨーロッパでも、ネアンデルタール人と初期現生人類との「追加」の交雑が起きた可能性が指摘されていますが、その初期現生人類集団は後に別の現生人類集団に置換されたのではないか、と推測されています。

 現代人におけるデニソワ人由来のゲノム領域の割合は、メラネシア系およびオーストラリア先住民系で高く、東アジア系ではそれよりもずっと低く、他地域の集団では皆無もしくはほとんど見られないか、ごく一部でしか確認されていないことが明らかになっています。デニソワ人は現時点ではシベリアでのみ存在が確認されており(既知の他地域の人骨のなかには、デニソワ人と同系統に分類されるものもあるかもしれませんが)、現代人に見られるデニソワ人由来のゲノム領域の割合の地域的違いから、デニソワ人は広範囲に生息していたのではないか、と推測されています。また、デニソワ人はネアンデルタール人よりも遺伝的に多様だと推定されています。

 デニソワ人は、ミトコンドリアDNAの解析結果と核DNAのそれとで進化系統樹における位置づけが異なります。デニソワ人は、100万年以上前に現生人類・ネアンデルタール人・デニソワ人の共通祖先系統と分岐した人類系統と交雑した可能性が指摘されています。デニソワ人のミトコンドリアDNAは、その(遺伝学的には未知の)人類系統からもたらされた可能性が指摘されています。しかし、執筆時期にはまだ公表されていなかったためか、本論文では言及されていませんが、イベリア半島北部の中期更新世の人骨のDNA解析から、ネアンデルタール人の祖先系統は本来「デニソワ人型」のミトコンドリアDNAを有していたのであり、後期ネアンデルタール人においてミトコンドリアDNAが置換されたのではないか、との見解が提示されています(関連記事)。

 年代的にネアンデルタール人・デニソワ人よりも恵まれているため、現生人類の古代DNAの解析数も増加しています。しかし、本論文が指摘するように、環境条件の問題などもあり、その地域的密度には大きな違いがあります。他地域と比較してアメリカ大陸や西ユーラシア、とくに後者では古代DNAの解析数が多く、アフリカではきわめて少ないのが現状です。アメリカ大陸先住民集団の起源に関しては、東アジア系だけではなく、西ユーラシア集団の影響も強いと明らかになっており、さらにはオーストラロ・メラネシア人との交雑の痕跡も指摘されており、まだ不明なところも少なくないようです。

 東アジアの古代DNAの解析数も多くないのですが、北京市房山区周口店近くの田园(Tianyuan)洞窟で発見された4万年前頃の現生人類のゲノムの一部が解析されており、この田园人が現代東アジア系および現代アメリカ大陸先住民と近縁で、現代ヨーロッパ系と現代東アジア系が分岐した後の個体であることが明らかになりました。古代DNAの解析数は着実に増加し、その精度も高くなってきており、今後の研究の進展により人類の進化がさらに詳細に解明されることが期待されます。


参考文献:
Slatkin M, and Racimo F.(2016): Ancient DNA and human history. PNAS, 113, 23, 6380–6387.
http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1524306113

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