ヨーロッパ勢力侵出前のオーストラリアの人類のミトコンドリアDNA

 これは6月16日分の記事として掲載しておきます。ヨーロッパ勢力侵出前のオーストラリアの人類のミトコンドリアDNAに関する研究(Heupink et al., 2016)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。ヨーロッパ勢力侵出前のオーストラリアの人類のミトコンドリアDNAに関しては、以前の研究(Adcock et al., 2001)で報告されており、現生人類(Homo sapiens)アフリカ単一起源説に疑問を呈する内容だとして、大きな関心を集めました。この研究は、以前の解析結果を新たな方法(第二世代のDNA配列)で再検証しています。

 その結果明らかになったのは、以前の研究では標本が汚染されており、その解析結果は否定される、ということです。以前の研究では、オーストラリア最古の人骨とされるマンゴー人(WLH3)など更新世のものも含むオーストラリアの古人骨のミトコンドリアDNAの解析結果が報告されていました。WLH3はウィランドラ湖群(Willandra Lakes)地域のマンゴー湖(Lake Mungo)で発見された人骨で、その年代は41000±4000年前と推定されています。本論文ではこの他に、以前の研究でも解析対象となった、マンゴー湖で発見されたWLH4・WLH15や、ウィランドラ湖群地域の北側で発見されたWLH15や、オーストラリアの「頑丈型」人類として有名なカウスワンプ8(Kow Swamp 8)といった、ヨーロッパ勢力侵出前におけるオーストラリアの人類のミトコンドリアDNAが再分析されています。

 その結果、WLH15とWLH55には識別可能な人間のDNAがまったく確認されませんでした。カウスワンプ8には人間のミトコンドリアDNAが確認されましたが、以前の研究の推定配列とは異なっていました。WLH3からは合計5人分のミトコンドリアDNAが確認され、いずれもヨーロッパ系でした。3000~500年前頃の人骨であるWLH4からは2人分のミトコンドリアDNAが確認され、一方はヨーロッパ系でもう一方はアボリジニ系のS2でした。

 この研究で得られたミトコンドリアDNAの配列は、ヨーロッパ系に汚染されたものを除いて、以前の研究とは一致しませんでした。以前の研究では試料汚染を除去できず、短い配列で系統樹を作成したため、間違ってしまったのではないか、というわけです。現生人類アフリカ単一起源説を疑問視する見解の遺伝的証拠とされた以前の研究ですが、基本的には誤りでした。改めて、古代のDNA解析における試料汚染の難しさを思い知らされます。

 しかし、WLH4からは、本物の、しかも完全なミトコンドリアDNAの配列が得られており(刊行された研究成果としては初の、ヨーロッパ勢力侵出前のオーストラリアの人類の本物のミトコンドリアDNAの解析となります)、今後の古代オーストラリアの人類のDNA解析への期待が本論文では述べられています。本論文は、将来、古代オーストラリアの人類の完全な核ゲノムの解析も可能かもしれない、と展望を述べており、こうした研究の進展が大いに期待されます。オーストラリアの気候からすると、オーストラリア最初期の人類(遅くとも47000年前頃)のDNA解析は、たとえ人骨が発見されたとしてもなかなか難しいのかもしれませんが、今後の研究の進展が期待されます。


参考文献:
Adcock GJ. et al.(2001): Mitochondrial DNA sequences in ancient Australians: Implications for modern human origins. PNAS, 98, 2, 537–542.
http://dx.doi.org/10.1073/pnas.98.2.537

Heupink TH. et al.(2016): Ancient mtDNA sequences from the First Australians revisited. PNAS, 113, 25, 6892–6897.
http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1521066113

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