中期更新世初期のフローレス島の人類化石(追記有)
中期更新世初期のフローレス島の人類化石に関する二つの研究が報道されました。BBCでも報道されています。『ネイチャー』のサイトには解説記事と総説が掲載されています。インドネシア領フローレス島のリアンブア(Liang Bua)洞窟遺跡では後期更新世の人骨群が発見されており、発見当初は、新種なのか、それとも病変の現生人類(Homo sapiens)なのか、という激論が展開されました。しかし現在では、この人骨群をホモ属の新種フロレシエンシス(Homo floresiensis)と区分する見解がおおむね受け入れられているように思われます。当初、フロレシエンシスの下限年代は17000年前頃もしくは13000~11000年前頃と推定されましたが、最近、人骨の下限年代は6万年前頃、フロレシエンシスの所産と考えられる石器群の下限年代は5万年前頃と見直されました(関連記事)。
現在、フロレシエンシスについて高い関心を集めている問題は、フロレシエンシスの起源はどの人類系統にあるのか、ということです。この問題に関しては、同じくホモ属のエレクトス(Homo erectus)から進化した、という見解と、より祖先的なホモ属であるハビリス(Homo habilis)のような人類系統か、さらに祖先的な後期アウストラロピテクス属から進化した、という見解とに大別されます。フロレシエンシスの祖先としてエレクトスを想定する見解ではとくにそうですが、フロレシエンシスは島嶼化により小型化したのではないか、と考えられています。
こうした状況において、フローレス島で新たに中期更新世初期の人類化石が発見されたわけですから、大きな注目を集めているようです。じっさい、それだけの意義のある大発見・研究だと思います。一方の研究(van den Bergh et al., 2016)は、新たに発見された人類化石の特徴を報告し、フロレシエンシスとの関連およびフロレシエンシスの起源について論じています。もう一方の研究(Brumm et al., 2016)は、この新たに発見された化石の年代とともに、同じ遺跡で発見された更新世の石器群を、リアンブア遺跡で発見された更新世の石器群と比較しています。
この新たな更新世の人類化石が発見されたのは、フローレス島中央のソア盆地のマタメンゲ(Mata Menge)遺跡です。マタメンゲ遺跡では中期更新世の石器群が発見されており、人類化石の発見を目標に発掘が続けられていました。マタメンゲ遺跡のあるソア盆地は、中期更新世初期には比較的乾燥しており、湿地を伴う開けた草原だった可能性が指摘されています。フロレシエンシスの発見以降、マタメンゲ遺跡やフローレス島の周辺地域で人類化石の発見が計画されており(関連記事)、その努力が結実したのは何ともうれしいことです。それだけに、この計画で主導的役割を果たし、両方の論文で著者の一人として記載されているモーウッド(Michael J. Morwood)博士が2013年に若くして亡くなったことは、本当に惜しまれます(関連記事)。
2014年10月にマタメンゲ遺跡で発見された人類化石は、下顎の断片と6個の遊離した歯から構成されています。下顎には親不知の萌出が見られ、成人のものと判断されました。2個の犬歯は2人の子供の乳歯でした。したがって、少なくとも3個体分の人類化石が発見されたことになります。その年代は、火山灰に基づくアルゴン-アルゴン法およびフィッショントラック法と、人類の歯のウラン系列法および電子スピン共鳴法年代との組み合わせにより、70万年前頃と推定されています。これは、現時点ではフローレス島最古の人類化石となります。
このマタメンゲ遺跡の中期更新世初期の人類の下顎と歯のサイズと形態学的特徴は、リアンブア洞窟の後期更新世のフロレシエンシスのそれらと類似していますが、フロレシエンシスの2個体より小さいことも明らかになりました。マタメンゲ遺跡の下顎の第一大臼歯は、フロレシエンシスよりも祖先的特徴を保持しています。マタメンゲ遺跡の中期更新世初期の人類の下顎は華奢で、ハビリスのような頑丈な顎よりもエレクトスやフロレシエンシスの方と類似しています。また、マタメンゲ遺跡の中期更新世初期の人類の四角形の歯は、エレクトスとフロレシエンシスの中間的形態を示しています。こうしたことからこの研究は、フロレシエンシスの祖先集団は東南アジアの初期エレクトス集団であり、フローレス島で最古の人類の痕跡が確認されている100万年前頃(関連記事)から70万年前頃までという比較的短期間に島嶼化により小型化したのではないか、との見解を提示しています。
しかし、この見解に慎重な研究者もいます。現生人類アフリカ単一起源説の代表的論者であるストリンガー(Chris Stringer)博士は、急速な島嶼化との見解にはまだ状況証拠しかない、と指摘します。100万年前頃のフローレス島の石器の製作者がどの程度の体格だったのか、人骨が共伴していないので不明ですし、100万年前頃のフローレス島の石器の製作者が最初のフローレス島の人類なのか、確証はない、というわけです。ユンガース(William Jungers)博士も、マタメンゲの更新世人類化石をエレクトス起源とするには証拠が充分ではない、と指摘しています。
このように、フロレシエンシスの起源については、今後も議論が続くことになりそうです。しかしその前に問題となるのは、マタメンゲの中期更新世初期人類は本当に後期更新世のフロレシエンシスの祖先集団なのか、ということです。上述したように、両者の形態学的特徴の類似が指摘されており、マタメンゲの中期更新世初期人類にはより祖先的な特徴が認められるわけですから、両者は祖先・子孫関係にある、との見解には説得力があります。石器技術の点でも、中期更新世初期のマタメンゲ遺跡と後期更新世のリアンブア遺跡との類似性が指摘されています。
したがって、100万年以上前にフローレス島に到達した人類集団が島嶼化により小型化し、後期更新世まで存続した、との見解が現時点では有力かもしれません。しかし、フローレス島の更新世人類は、津波や暴風雨などのさいに流木につかまり、スラウェシ島から意図せず何度も漂着したのではないか、とも推測されています(関連記事)。じっさい、スラウェシ島では10万年以上前の石器が発見されており(関連記事)、スラウェシ島で進化した小柄な人類が、何度かフローレス島に漂着した、という可能性も想定されます。この想定でも、マタメンゲの中期更新世初期人類と後期更新世のフロレシエンシスとの形態学的特徴および石器技術の類似性を説明できます。ともかく、今後のフロレシエンシスの研究の進展が大いに期待されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
古人類学:フローレス島の中期更新世前期のフローレス原人様化石
古人類学:フローレス島における既知で最古のヒト族化石の年代と背景
古人類学:フローレス原人の第2の遺跡
小型のヒト族であるフローレス原人(Homo floresiensis)の遺骨は、最近まで、インドネシア・フローレス島のリャン・ブア洞窟1か所でしか見つかっていなかった。しかし今週号の2本の論文で報告されているように、フローレス島のリャン・ブアの東に位置するマタ・メンゲという第2の遺跡で新たな化石が見つかった。G van den Berghたちは、下顎の断片1個と複数個体由来の分離した歯について記載している。これらはリャン・ブアの下顎や歯と同等かそれ以上に小型だが、はるかに古い約70万年前のものであり、その形態は起源がアジアのホモ・エレクトスであることを裏付けている。またA Brummたちは、マタ・メンゲ遺跡の層序や年代、環境および動物相の背景を示している。このヒト族は約70万年前に、高温で乾燥したサバンナ草原で、強固な湿地要素も伴う場所に住んでいた。この化石群と共に見つかった石器は単純なものであり、年代がはるかに新しいリャン・ブアのフローレス原人に付随する石器に酷似している。
参考文献:
Brumm A. et al.(2016): Age and context of the oldest known hominin fossils from Flores. Nature, 534, 7606, 249–253.
http://dx.doi.org/10.1038/nature17663
van den Bergh GD. et al.(2016): Homo floresiensis-like fossils from the early Middle Pleistocene of Flores. Nature, 534, 7606, 245–248.
http://dx.doi.org/10.1038/nature17999
追記(2016年6月11日)
ナショナルジオグラフィックでも報道されました。
現在、フロレシエンシスについて高い関心を集めている問題は、フロレシエンシスの起源はどの人類系統にあるのか、ということです。この問題に関しては、同じくホモ属のエレクトス(Homo erectus)から進化した、という見解と、より祖先的なホモ属であるハビリス(Homo habilis)のような人類系統か、さらに祖先的な後期アウストラロピテクス属から進化した、という見解とに大別されます。フロレシエンシスの祖先としてエレクトスを想定する見解ではとくにそうですが、フロレシエンシスは島嶼化により小型化したのではないか、と考えられています。
こうした状況において、フローレス島で新たに中期更新世初期の人類化石が発見されたわけですから、大きな注目を集めているようです。じっさい、それだけの意義のある大発見・研究だと思います。一方の研究(van den Bergh et al., 2016)は、新たに発見された人類化石の特徴を報告し、フロレシエンシスとの関連およびフロレシエンシスの起源について論じています。もう一方の研究(Brumm et al., 2016)は、この新たに発見された化石の年代とともに、同じ遺跡で発見された更新世の石器群を、リアンブア遺跡で発見された更新世の石器群と比較しています。
この新たな更新世の人類化石が発見されたのは、フローレス島中央のソア盆地のマタメンゲ(Mata Menge)遺跡です。マタメンゲ遺跡では中期更新世の石器群が発見されており、人類化石の発見を目標に発掘が続けられていました。マタメンゲ遺跡のあるソア盆地は、中期更新世初期には比較的乾燥しており、湿地を伴う開けた草原だった可能性が指摘されています。フロレシエンシスの発見以降、マタメンゲ遺跡やフローレス島の周辺地域で人類化石の発見が計画されており(関連記事)、その努力が結実したのは何ともうれしいことです。それだけに、この計画で主導的役割を果たし、両方の論文で著者の一人として記載されているモーウッド(Michael J. Morwood)博士が2013年に若くして亡くなったことは、本当に惜しまれます(関連記事)。
2014年10月にマタメンゲ遺跡で発見された人類化石は、下顎の断片と6個の遊離した歯から構成されています。下顎には親不知の萌出が見られ、成人のものと判断されました。2個の犬歯は2人の子供の乳歯でした。したがって、少なくとも3個体分の人類化石が発見されたことになります。その年代は、火山灰に基づくアルゴン-アルゴン法およびフィッショントラック法と、人類の歯のウラン系列法および電子スピン共鳴法年代との組み合わせにより、70万年前頃と推定されています。これは、現時点ではフローレス島最古の人類化石となります。
このマタメンゲ遺跡の中期更新世初期の人類の下顎と歯のサイズと形態学的特徴は、リアンブア洞窟の後期更新世のフロレシエンシスのそれらと類似していますが、フロレシエンシスの2個体より小さいことも明らかになりました。マタメンゲ遺跡の下顎の第一大臼歯は、フロレシエンシスよりも祖先的特徴を保持しています。マタメンゲ遺跡の中期更新世初期の人類の下顎は華奢で、ハビリスのような頑丈な顎よりもエレクトスやフロレシエンシスの方と類似しています。また、マタメンゲ遺跡の中期更新世初期の人類の四角形の歯は、エレクトスとフロレシエンシスの中間的形態を示しています。こうしたことからこの研究は、フロレシエンシスの祖先集団は東南アジアの初期エレクトス集団であり、フローレス島で最古の人類の痕跡が確認されている100万年前頃(関連記事)から70万年前頃までという比較的短期間に島嶼化により小型化したのではないか、との見解を提示しています。
しかし、この見解に慎重な研究者もいます。現生人類アフリカ単一起源説の代表的論者であるストリンガー(Chris Stringer)博士は、急速な島嶼化との見解にはまだ状況証拠しかない、と指摘します。100万年前頃のフローレス島の石器の製作者がどの程度の体格だったのか、人骨が共伴していないので不明ですし、100万年前頃のフローレス島の石器の製作者が最初のフローレス島の人類なのか、確証はない、というわけです。ユンガース(William Jungers)博士も、マタメンゲの更新世人類化石をエレクトス起源とするには証拠が充分ではない、と指摘しています。
このように、フロレシエンシスの起源については、今後も議論が続くことになりそうです。しかしその前に問題となるのは、マタメンゲの中期更新世初期人類は本当に後期更新世のフロレシエンシスの祖先集団なのか、ということです。上述したように、両者の形態学的特徴の類似が指摘されており、マタメンゲの中期更新世初期人類にはより祖先的な特徴が認められるわけですから、両者は祖先・子孫関係にある、との見解には説得力があります。石器技術の点でも、中期更新世初期のマタメンゲ遺跡と後期更新世のリアンブア遺跡との類似性が指摘されています。
したがって、100万年以上前にフローレス島に到達した人類集団が島嶼化により小型化し、後期更新世まで存続した、との見解が現時点では有力かもしれません。しかし、フローレス島の更新世人類は、津波や暴風雨などのさいに流木につかまり、スラウェシ島から意図せず何度も漂着したのではないか、とも推測されています(関連記事)。じっさい、スラウェシ島では10万年以上前の石器が発見されており(関連記事)、スラウェシ島で進化した小柄な人類が、何度かフローレス島に漂着した、という可能性も想定されます。この想定でも、マタメンゲの中期更新世初期人類と後期更新世のフロレシエンシスとの形態学的特徴および石器技術の類似性を説明できます。ともかく、今後のフロレシエンシスの研究の進展が大いに期待されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
古人類学:フローレス島の中期更新世前期のフローレス原人様化石
古人類学:フローレス島における既知で最古のヒト族化石の年代と背景
古人類学:フローレス原人の第2の遺跡
小型のヒト族であるフローレス原人(Homo floresiensis)の遺骨は、最近まで、インドネシア・フローレス島のリャン・ブア洞窟1か所でしか見つかっていなかった。しかし今週号の2本の論文で報告されているように、フローレス島のリャン・ブアの東に位置するマタ・メンゲという第2の遺跡で新たな化石が見つかった。G van den Berghたちは、下顎の断片1個と複数個体由来の分離した歯について記載している。これらはリャン・ブアの下顎や歯と同等かそれ以上に小型だが、はるかに古い約70万年前のものであり、その形態は起源がアジアのホモ・エレクトスであることを裏付けている。またA Brummたちは、マタ・メンゲ遺跡の層序や年代、環境および動物相の背景を示している。このヒト族は約70万年前に、高温で乾燥したサバンナ草原で、強固な湿地要素も伴う場所に住んでいた。この化石群と共に見つかった石器は単純なものであり、年代がはるかに新しいリャン・ブアのフローレス原人に付随する石器に酷似している。
参考文献:
Brumm A. et al.(2016): Age and context of the oldest known hominin fossils from Flores. Nature, 534, 7606, 249–253.
http://dx.doi.org/10.1038/nature17663
van den Bergh GD. et al.(2016): Homo floresiensis-like fossils from the early Middle Pleistocene of Flores. Nature, 534, 7606, 245–248.
http://dx.doi.org/10.1038/nature17999
追記(2016年6月11日)
ナショナルジオグラフィックでも報道されました。
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