David Christian『ビッグヒストリー入門 科学の力で読み解く世界史』

 デビッド=クリスチャン(David Christian)著、渡辺政隆訳で、WAVE出版から2015年10月に刊行されました。原書初版の刊行は2007年で、本書は2015年刊行の第5版の翻訳とのことです。本書の特徴は、宇宙の始まりから叙述を始めていることです。さすがに地球の誕生から生命の誕生、さらには人類の出現までは簡潔な叙述になっていますが、人類の狩猟採集時代は予想以上の分量でした。また、農耕開始から文字の使用が始まる前までの時代にもかなりの分量が割かれていますから、いわゆる先史時代の比重がかなり高くなっています。

 本書は、狩猟採集時代の始まりは25万年前頃としています。本書はクライン(Richard G. Klein)説に言及しているものの、発達した狩猟技術やさまざまな芸術的活動の最古の証拠はせいぜい6000~5000年前だと述べていますから(正しくは5万年前頃)、狩猟採集時代の始まりについても、翻訳の段階か原書の時点で、一桁間違ってしまったのではないか、とも思いました。しかし、本書を読み進めていくと、どうも現生人類(Homo sapiens)の出現以降を狩猟採集時代と定義しているようです。現代人と基本的には同じ生物学的基盤を有する人類集団を対象としている、ということなのでしょう。

 本書は、その狩猟採集時代と農耕時代と近代とに時代を区分しています。これはわりと常識的というか、多くの人に受け入れられやすい時代区分と言えそうです。本書は限られた分量で世界史を叙述するわけですから、かなり簡略した解説になっているのは仕方のないところでしょう。本書は基本的には、ある程度世界史の知識がある読者を対象としているように思います。日本でいえば高校で世界史を選択したような人を対象としており、初めて世界史を学ぶ人には適していないと思います。

 著者は元々ロシア史専攻とのことで、各時代・地域の専門家が読めば、本書には問題のある記述が少なからずあるかもしれません。人類の進化については、ホモ属のエルガスター(Homo ergaster)もしくはエレクトス(Homo erectus)が出現したのは50万年前頃と述べられていることが目につきました。エレクトスの出現年代については確定していませんが、遅くとも180万年前頃までさかのぼりますし、おそらくは200万年前頃までさかのぼるでしょう。

 本書はさほど斬新な見解を提示しているわけではなく、読んで大きな感銘をうけることはないかもしれませんが、気軽に世界史を読み直してみたい、という人には一読の価値があるかな、と思います。また、未来への提言というか、今後の人類の行方に強い関心を示しているのも本書の特徴であり、多くの深刻な危機を抱える現代社会に懸念を抱く人々に、本書は人類の今後の進路を考察するうえで手がかりを提示してくれることになるかもしれません。


参考文献:
Christian D.著(2015)、渡辺政隆訳『ビッグヒストリー入門 科学の力で読み解く世界史』(WAVE出版、原書の刊行は2015年)

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