人間社会における一夫一妻制の発達(追記有)

 人間社会における一夫一妻制の発達の要因に関する研究(Bauch, and McElreath., 2016)が報道されました。人間社会において、一夫一妻制が社会的規範となっており、その規範を守るために高コストの処罰がなされることに関して、議論が続いてきました。家父長制的な人間社会もありますが、一夫多妻制は(配偶者を複数持てるような社会的に上層の)男性の繁殖成功度を上げるにも関わらず、そうした社会においてさえ一夫一妻制が社会的規範となることもあるのはなぜなのか、説明の難しい問題となっています。

 この研究は、人口統計学的パラメーターと疾患伝播パラメーターを用いて、一夫多妻制が広く容認されている社会から、一夫一妻制を社会的規範とするような社会への転換がなぜ起きたのか(もちろん現在でも、一夫一婦制を容認する社会は多くありますし、歴史的に一夫多妻制を容認してきた社会でも、多くの人々は一夫一妻だった、という事例は珍しくないでしょうが)、という問題を検証しています。

 この研究は、一夫多妻制から一夫一妻制への転換が、農耕の開始による集団規模の拡大により始まり、それは性感染症が要因だったのではないか、との見解を提示しています。成人が30人程度の小規模な社会では、一夫多妻制でも性感染症が集団に大きな影響を与えることはないものの、より大規模な社会となると、集団内と集団間において有病率が風土病の水準にまで達し、一夫多妻の場合よりも一夫一婦の方が、性感染症の罹患率が下がり、健康を維持して繁殖成功度を上げることになるので、一夫一婦制とそれを維持するような社会的規範およびそのための処罰が選択されたのではないか、というわけです。じっさい、一夫多妻制がとくに多く見られるのは、小規模な狩猟採集社会です。

 この研究は、人間社会において一夫一婦制が社会的規範となり、それを守るために高コストの処罰がなされる理由を、このように説明しています。しかし、この研究は、一夫多妻制から一夫一妻制への転換の要因は、性感染症だけではなく、技術の変化など他の事象も考慮する必要がある、と指摘しています。人間社会における配偶行動の問題について、勉強が進んでいないので、今後も研究の進展には注目していこうと考えています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


【進化】性感染症がヒトの一夫一婦制を助長した可能性

 社会から課せられた一夫一婦制がヒトの社会で見られるようになったのは、性感染症(STI)の流行の影響を受けてのことだった、という結論を示した研究論文が掲載される。今回の研究では、大規模なヒト集団においてSTIの伝播が拡大したことが、早期に定住した農耕民において一夫一婦制が出現した機構だと考えられることが明らかになった。

 歴史上、ほとんどのヒトの社会は一夫多妻制だった。複婚制の一種である一夫多妻制において、男性は複数の女性と配偶行動をとることが許されている。一夫多妻制は、特に小規模な狩猟採集民社会で多く見られるが、定住農業の出現とともに発生した大規模な社会では一夫多妻制が少なく、罰を受けるという脅威によって社会から課せられた一夫一婦制の方が多くなっている。

 今回、Chris Bauchたちは、現実的な人口統計学的パラメーターと疾患伝播パラメーターを用いて、ヒト社会におけるさまざまな社会的配偶行動規範の進化のシミュレーションを行うことで、一夫一婦制への移行に最も大きな影響を与えた要因が何だったのかを調べた。その結果分かったのは、社会の規模が大きい場合(構成員が300人以下)にはSTIの有病率が集団内で風土病のレベルに達し、出生率が低下し、一夫一婦制をとらない社会の他の構成員(と集団)を罰する一夫一婦主義者の出現に有利に働いたということだ。これに対して、小規模な社会(構成員が30人以下)でのSTIは、短期間の疾患の集団発生にとどまり、集団内で風土病のレベルに達することはなかった。従って、一夫多妻主義者の集団における出生率が高くなり、時間の経過とともに一夫多妻制が支配的な社会規範となった。

 先史時代のヒト集団における疾患の流行に関しては直接調査によるデータが存在しないため、今回のシミュレーションは、ヒト社会における対照的な社会規範の出現を説明する上で役立つ可能性がある。



参考文献:
Bauch CT, and McElreath R.(2016): Disease dynamics and costly punishment can foster socially imposed monogamy. Nature Communications, 7, 11219.
http://dx.doi.org/10.1038/ncomms11219


追記(2016年4月15日)
 AFPでも報道されています。

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